6月3、4日の週末に期間限定であるお店がプレオープンした。

看板にはこう書いてある。

「注文をまちがえる料理店」

一体、ここはどんなお店なんだろうか。

看板の文字すら”まちがっている”

このお店のホールで働いているのは、認知症を患っている人々。注文を間違えることもあるかもしれないけれど、お客さんはそれを承知した上で体験するレストランだ。

選べるメニューは3種類。A、B、Cの中から選ぶ。値段はどれもドリンク込みで1000円。僕はハンバーグを注文した。

しばらくして、運ばれてきたメニューはテーブルで頼んだ覚えのない餃子だった。

「なるほど、これは面白い」、僕はそう感じた。

前菜はまちがいなく運ばれてきた

間違えることもあるかもしれない、けれどそれを受容しようよ、そういうゆるやかなルールがこの空間にはあった。そのルールの中では、注文が間違ってしまったとしても、注文した人間は気にならない。注文票を持っていく場所を忘れてしまったり、箸がなかったり、食後のドリンクが出てこなかったりと、いろんな”まちがい”を体験できた。それが楽しいと感じられる。

これは別の人が注文したハンバーグ。食べたかった。

こうした間違いは通常の飲食店に足を運んでも起こりうる。だが、僕たちは飲食店に行くと、ミスがあることに対して腹を立ててしまう。それはきっと、僕らが完璧を求めすぎているからなのだろう。

「間違うこともある」、その前提で空間にいると、ミスが起きても腹は立たなかった。ブレストをするとき、「アイデアを批判しない」といったルールが設定される。このレストランでは、それに近い感覚も覚えた。場のルールを設定することで、事象の感じ方が普段と変わる。これは新たな発見だった。

この日、ホールで接客してくださったお二人

「注文をまちがえる料理店」のホールで働いているのは、認知症を患っている方々の中でも、「働きたい」という意思のある人。何度もまちがえながらも笑顔で接客してくれる姿勢には、自然と「ありがとう」を伝えたくなる。

ホールスタッフとして働いていた方の1人は、元美容師。その人は今回のレストランに参加した感想をこう語っているという。

「まったく疲れなかったわ!でもね、ひとりぼっちで放り込まれたらきっと無理だったと思うの。みんながいたからやりきれたのよ!やっぱり仲間っていうのは改めて大切よね。人に悩まされたり苦しめられることもあるけど、やっぱり人に助けられて幸せにしてもらえるのよ」

元社員食堂の社員で働いていたという男性は、働いてみた感想をこう語った。

「社員食堂時代は、間違えたら怒られちゃってたよね。下手したらお客さん帰っちゃうよ。なのにここのお客さんはあったかいよねぇ。また働きたいよね」

今回の企画を行った小国 士朗さん

今回の企画は、有志のメンバーが集って開催された。発案者となったのは、普段はテレビ局ディレクターとして働いている小国士朗さん。企画のきっかけは5年前に番組の取材で訪れた、グループホームでのできごとだった。

小国さん「そのグループホームは「最後まで自分らしく生きる姿を支える」ことをモットーにしている施設で、入居者の方々は認知症ですが、“普通の暮らし”を続けていらっしゃいました。お買い物に行き、ご飯をつくり、掃除も洗濯も自分で行う。出来ない部分は介護職のみなさんがサポートすればいいという考え方です」

取材の合間には、おじいちゃん、おばあちゃんの作るご飯を食べていたそうだが、ある日の昼食で餃子が出てきた。小国さんが聞いていたその日の献立は、ハンバーグ。小国さんは、「今日のお昼ご飯ハンバーグでしたよね」と言おうとして踏みとどまった。

小国さん「『これは間違い』とか『本当はこうすべきだ』とか言う先には、(今はだいぶ減ったとはいえ)従来型の拘束や閉じ込めといった閉鎖的な介護の世界が待っているんじゃないかと思ったんですね。

別にいいじゃん、と。餃子でもハンバーグでもおいしければいいよね。そう言えれば、おじいちゃん、おばあちゃんのこの“普通の暮らし”は続いていくんだよなぁと思った瞬間に「注文を間違える料理店」というワードが頭に浮かびました」

認知症に対する理解が広まってほしいという思い、「間違ってもいいじゃないか」というおおらかな気持ちが社会に広まってくれたら、という思いから今回の企画はスタートした。

小国さん「法律や制度を変えることも大切ですが、僕たちがほんのちょっと寛容であることで解決する問題もたくさんあるよなと。間違えることを受け入れる、間違えることを一緒に楽しむ。そんな新しい価値観を発信できればいいなと思いました」

「間違えちゃったけど、ま、いっか」と言い合える空気を作ることを重視した企画だ。

小国さん「「注文を間違える料理店」は、間違えることを目的にしてるわけじゃありません。間違うかもしれないし、間違わないかもしれない。でも、もし間違えちゃった時には許してね(てへぺろ)っていう感じです。だから、あのロゴなんですよね。最初から、そのことを宣言しておけば、来るお客さんもおおらかな気持ちでそれを受け止められるんじゃないかなぁと」

吉野家ホールディングス、メゾンカイザー、新橋亭などが協力し、料理はシェフが振る舞った。アレルギー等へのケアは、飲食のプロが行っている。場所は、個人のお宅を借りて、一部を営業許可をとってレストランにしたという。大勢の人々が協力することで、「注文をまちがえる料理店」は実現した。

運営メンバーによれば、「注文をまちがえる料理店」は今年の9月21日の世界アルツハイマーデーの前後1週間くらいで、今回のような期間限定のイベント型の料理店を実施することを目指しているそうだ。常設店にすることも見据えながら、まずは一歩ずつ進んでいこうとしている。

僕が驚いたのは、この「注文をまちがえる料理店」へのソーシャルメディアでの反応の多さだ。「行ってきました」という何気ない投稿に対して、多くの反応が寄せられた。

その反響を見ながら、「実際の飲食店として捉えるとどうなのか」といった意見も寄せられていた。もっともな意見だ。

今回は、社会実験的な位置づけで開催された本企画が、実際に店舗として運営していこうとするなら、クリアしなければならないハードルは多い。

それを踏まえた上で、コンセプトに対して大勢の人がポジティブに反応することに期待したい。こうしたコンセプトや、描く社会の有り様に対して、普段から何か思っている人がこれだけいるということなのだから。

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