社会を変える人が、まず自分を取り戻すために——The Wellbeing Project

HSGの立上げを担う一人である一般社団法人ジャーニー・ホーム代表の藤村隆さんは、2024年9月に同法人を設立した。

「構造的不平等の解消」を探究するEquity Journey Projectと、社会起業家のインナーウェルビーイングに向き合うLearning Journey Project。この2つを軸に、藤村さんは「わたしたちの内面の変容を、外の世界の変容へとつなげていく」プロセスを探究している。

一般社団法人ジャーニー・ホーム代表 藤村隆さん

社会を変えようと奔走する人が、自分自身を見失ってしまう。そんな現実に直面してきた藤村さんが出会ったのが、チェンジメーカーのウェルビーイングを支えるグローバルネットワーク「The Wellbeing Project(以下、TWP)」だった。

取材には、認定NPO法人かものはしプロジェクト代表理事の青木健太さんも加わった。青木さんもまた、24年にわたり社会課題の最前線に立ち続ける中でバーンアウトを経験し、TWPと出会った当事者である。

2026年1月、TWPの中心メンバー3名が来日した。創設者のアーロン・ペレイラさん、リード職のマティルデ・ロレンツィさん、ディレクターのアレッサンドラ・ガッティさん。本稿では、彼らとの対話から見えてきた、社会変革とウェルビーイングをめぐる問いを報告する。

見過ごされてきた危機——自己犠牲の構造

なぜ、社会変革の担い手にウェルビーイングが必要なのか。TWPが参照してきた調査や過去の研究を踏まえ、アーロンさんはこの分野の深刻さを語った。

「社会変革に関わる人々のあいだでバーンアウト、うつ、自殺リスクが、これ以上ないほど深刻な課題になっている」

背景には、特有の構造的問題がある。

  • アイデンティティの混同: 仕事と自分の境界が曖昧になり、「ノー」と言うべき場所がわからなくなる。
  • 自己犠牲の美徳: 献身の証として自己犠牲を強いる文化が、個人の限界を超えた働き方を正当化してしまう。

認定NPO法人かものはしプロジェクト代表理事 青木健太さん

同席した青木さんの体験は、まさにこの構造を映し出している。19歳で社会課題に飛び込み、24年間走り続けた先にあったのは、大事な全社会議のあるその日の朝に動けなくなった自分の姿だった。バーンアウトを経て、青木さんのリーダーシップ観は転換した。

「強いヒーロー的なリーダーであることを手放して、もっとオーセンティック(あるがままの自分でいられる)なリーダーになりたいと思った。だからこそ、仲間に弱さを見せることが大切だと感じている」

チェンジメーカーのための炉端「Hearth Summit」

TWPはこうした深刻な課題を背景に、ウェルビーイングを社会変革のインフラとして根づかせるべく立ち上がった。Ashoka、ジョージタウン大学、Impact Hub、Porticus、Skoll Foundation、Synergosなどとの協働から生まれたこの国際的なネットワークは、社会変革に取り組む人々のウェルビーイングを支える文化の醸成を目指し、2024年時点で、同ネットワークは1,200以上の多様な社会変革組織に広がっている。サミットの開催にとどまらず、少人数のグループに対する長期的な内面的変容プログラムを実施するなど、その活動は多岐にわたる。

The Wellbeing Project 創設者 アーロン・ペレイラさん

創設者のアーロンさんは、そのミッションをこう語る。

「私たちの仕事はウェルビーイングの文化を創造することであり、それは個人一人ひとりのためであると同時に、組織全体のためでもある」

TWPが育んできた集まりのひとつがHearth Summitである。グローバルなサミットに加え、各地域の文脈に根ざしたRegional Hearth Summitも世界各地で生まれている。以前は「Wellbeing Summit」と呼ばれていたが、なぜ「Hearth(炉端)」という言葉を選んだのか。藤村さんの問いに対し、アーロンさんはこう答えた。

「人類は40万年もの間、火の周りに集まってきた。火は暗い夜でも安心感を与えてくれる。日本語にも『囲炉裏』や『焚き火』という言葉があるだろう」

火を囲んで人が集まる。その原初的な体験を、社会変革に携わる人々のために再現しようとしているのだ。2022年のビルバオ、2025年のリュブリャナでの開催を経て、60カ国以上から800人を超えるチェンジメーカーが対話を重ねてきた。

Hearth Summit Gifu プロジェクトマネージャー/かものはしプロジェクト 三代 裕子さん

これは一般的なカンファレンスやリトリートとは異なる。非日常的な癒やしではなく、「ウェルビーイングをいかに日常の文化として根づかせるか」を垣間見せる場なのだ。

The Wellbeing Projectの哲学——急がず、定義せず

一般的なカンファレンスとは一線を画すTWPのアプローチには、いくつかのユニークな特徴がある。

ウェルビーイングを「定義しない」という選択

藤村さんが「ウェルビーイングの定義」を問うと、意外な答えが返ってきた。TWPは、あえてウェルビーイングを定義しない姿勢を貫いている。

「答えを出すのではなく、問いを投げかけている。それぞれの地域が独自の言葉を見つけることが重要だ」とアーロンさんは説明する。画一的な定義を押し付けるのではなく、それぞれの土地の文脈で人々が自分たちなりの形を見つけるプロセスを重視しているのだ。

マティルデさんは、地域に根ざした声を聴くことで、私たちが共有し、ともに更新していくべき「目に見えない場の構造(Invisible Architecture)」が見えてくるかもしれない、と語った。そのプロセスは、個人・組織・社会・地球のレベルをつなぐという、Hearth Summitの核心でもある。 

The Wellbeing Project リード マティルデ・ロレンツさん

コミュニティから生まれるうねり

活動の多くがトップダウンではなく、コミュニティから自発的に生まれてきた点も大きな特徴だ。藤村さんが「地域サミットは本部が戦略的に展開したものか」と問うと、マティルデさんは「最初の地域サミットは、ビルバオのグローバルサミット後にバングラデシュで突然生まれた」と明かした。

アーロンさんも「私たちが行うことほぼすべては、コミュニティが提案したものだ」と語る。さらにTWPはジョージタウン大学とシステムチェンジに関する共同研究を進めているほか、2026年には神経科学者のリッチー・デビッドソン氏の研究所と共同で、日本語を含む多言語でのグローバル調査も予定しているなど、実践と研究の両輪でうねりを広げている。

急がないこと、一緒に歩くこと

社会変革にはスピードが必要ではないか。そんな問いに対し、アーロンさんは「私たちの仕事は急がせることではない。みんなと一緒に歩み、人々がいる場所で出会うことだ」と語る。

日本側からは、公共教育改革のようにメンタルモデルの変化を伴う領域では、急ぎすぎることが「ある種の暴力」になりうる、という指摘があった。また、多くの日本のチェンジメーカーは、たとえ長年働いていたとしても、TWPのプログラムが示すように一週間単位で立ち止まり、自分を見つめ直す時間をとるのは難しい、という懸念も語られた。

それに対しアーロンさんは、TWPの仕事は「急がせること」ではなく、人々がいる場所で出会い、ともに歩くことだと応じた。 つまり、ウェルビーイングを土台にした社会変容には効率や成果を追い求める時間軸とは異なる、寄り添いのスタンスが求められているのだ。

日本の土地に見出されたもの——アート、自然、安全、ホスピタリティ

こうしたグローバルなうねりを受け、ジャーニー・ホーム、岐阜を拠点に活動するNPO法人ORGAN、かものはしプロジェクトは岐阜を舞台とした「Hearth Summit Gifu 2026」の開催準備を進めている。日本文化とHearth Summitが呼応すること、そして日本で地域サミットを開催する利点について、TWPメンバーはそれぞれの視点から語った。

  • 芸術と文化の存在: 言葉を超えて体験を共有するために、アートの力が欠かせない(マティルデさん)。
  • エコロジカル・ビロンギング: 自然や生態系とのつながりの中に自己を置く「生態学的帰属意識」が、日本の土壌と響き合う(マティルデさん)。
  • ホスピタリティの質: 日本の伝統にある、、反応する前に聴き、場をホールドするような感覚(アリさん)。
  • アクセシビリティ: 物理的な安全だけでなく、ビザ取得の容易さ。社会変革者は国境を越えること自体が障壁となる現実がある(アーロンさん)。
  • アジアのハブ: アジア各地域からの参加者がアクセスしやすく、ネットワーク形成を促進する役割。

The Wellbeing Project ディレクター アレッサンドラ・ガッティさん

火を囲む場所へ——日本という土壌で

日本でもウェルビーイングへの関心は高いが、その多くは個人のリラクゼーションに留まりがちだ。しかし、TWPが提示するのは、社会変革とウェルビーイングを結び直す、これまでと異なるアプローチである。

社会を変えようとする人が健やかであること。それは個人の問題ではなく、社会変革の「インフラストラクチャー」であるという認識だ。HSGは、ウェルビーイングと社会変革の関係を、日本の文脈から問い直す場になるだろう。