道内の世帯加入率80%超え、生活に必要なサービスを運営する生活協同組合「コープさっぽろ」

「生活協同組合(生協、コープ)」と聞くと、主に食品を販売するスーパーを思い浮かべるかもしれない。実際には、生協が提供するサービスは、共済、福祉・介護、葬祭、医療など幅広い。そして、生協をはじめ「協同組合」という組織の大きな特徴は、出資者と利用者が同一になることだ。

成田氏「株式会社には、株主がいますよね。協同組合は、組合員が利用者であり出資者なので、目の前の困っている人のための事業が目標になります。株式会社では、株主の利益が求められるので、目的と地域の需要にズレが生じやすいんです」

北海道は、日本全国にある1741の自治体のうち約1/10を有するが、そのうちの約半数は人口が5,000人以下の小さな町だ。従来の資本主義経済では不利となるこの環境も、協同組合の仕組みであれば、可能性があるという。

木下氏「人口減少が進む地域は、出資だけをする人間からすれば撤退すべきなんですよね。儲からない地域への投資はやめて、例えば国境を越えた東南アジアなど、人口が伸びるところに進出することが、ある意味では正しい。しかし、協同組合の場合は出資者と利用者が同じであるため、いかに自分たちの地域に資本を投資していくかが非常に重要になります」

こうした背景もあり、北海道では「生活協同組合コープさっぽろ」が圧倒的な存在になっている、とコープさっぽろ組織本部地域政策室で室長を務める成田氏は語る。

成田氏「道内の247万世帯のうち約200万世帯がコープさっぽろに出資をしている、つまり世帯加入率が80%を超えるという驚異的な組織になっているんです。それぞれの世帯の出資金は平均すると約4万5000円となっており、約900億円の出資金を元手に食品の配達や子育て支援、福祉サービス、葬儀など北海道の困りごとを解決している状況です」

えぞ財団 団長/コープさっぽろ組織本部 地域政策室 室長 成田氏

えぞ財団 団長/コープさっぽろ組織本部 地域政策室 室長 成田氏

木下氏「現在の社会システムでは、現役世代が高齢世代の社会保障費を負担しても、そのまま高齢者の預金の増加につながってしまっていて、分配が行われているとはいえません。

それなら生協を通じて、自分たちに必要な福祉サービスに投資をする方がよっぽど役に立つともいえます。住民の生活を自治体だけでは維持できなくなっている北海道で、こうして協同組合による事業が利益を出しているのはすごいことです」

えぞ財団 理事/一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンス 代表理事 木下氏

えぞ財団 理事/一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンス 代表理事 木下氏

また、福祉や介護の分野でもサービスが充実しているのがコープさっぽろの大きな特長でもある。重度の障害を持った高齢者のケアなど国や自治体だけではなかなか手の届かない範囲が、組合員の出資によってカバーされるケースもある。新規事業の立ち上げに向けて、約1ヶ月で数億円規模の資金が集まるなど、住民の意識によってコープさっぽろの機動力はとても強いものになるという。こうした強さは、組織における利益に対する言葉遣いにも現れている。

成田氏「中に入ってびっくりしたんですけど、コープさっぽろでは“売上”って言葉を使わないんですよね。いかに組合員さんにお届けしたかという意味で“供給高”というんです。また、利益のことは“剰余”という。つまり供給に対して余っちゃったものなんです。

株式会社って基本的には『売上を上げて、経費を抑えて、利益を確保する』ことが大切じゃないですか。生協では利益の確保は、主な目的ではないんですよ。剰余が出たら次に投資して、余ったお金を組合員に還元し続けるという概念が現れていて、とてもおもしろいんです」

ただ、生協の中にも経営が上手くいっていないケースは当然ある。成田氏は、協同組合の思想がいつの間にか形骸化していくこともあると指摘したうえで「実は1998年にコープさっぽろは事実上の経営破綻をされてるんですよね。その関係もあり、今はある意味ベンチャー企業のようにビジョンを忘れずに再スタートしている状況です」と現状を語った。

生協のサービスにデジタル技術を組み合わせ、抜本改革をすすめる

コープさっぽろのサービスは、地域の生活者一人ひとりと、とても強い結びつきを持っている。そのベースにデジタル技術を組み込むことが、事業のさらなる発展につながると両氏は語る。

成田氏「コープさっぽろのように、顧客の玄関を開けられるビジネスってそんなにないじゃないですか。おじいちゃん、おばあちゃんが玄関を開けるぐらいの信用がある状態で、しかもその方々にデジタルをお届けできる状態まで持っていけたら、これはすごいことです。コープさっぽろでは今、そのための挑戦を進めています」

コープさっぽろでは、現在のサービスにデジタル技術を掛け合わせるための一環として、2020年に株式会社東急ハンズや株式会社メルカリの執行役員を歴任してきた長谷川秀樹氏をCIOに迎えている。長谷川氏を中心としたデジタル改革は「コープさっぽろDX」と称され、業界内でも注目が集まっているところだ。

木下氏「コープさっぽろDXがおもしろいのは、ロジスティクスのシステムまで巻き込んだ改革をやろうとしていることですよね。昔はコンピューターの処理能力が低かったので、データをある程度圧縮するために、商品数の単位を大きくして処理していました。だから、これまでのスーパーは、商品を大きなまとまりで管理していました。それを今後、リアルタイムかつ単品で管理できるように統合していくという、流通の改革が進んでいます」

続いて成田氏は、協同組合的な組織構造が、デジタル領域を組み込んだ新しい形で再注目されているとも指摘する。

成田氏「Web3やDAO(分散型自律組織)とか、これまでアナログでやってきた仕組みに最新のデジタル技術が入り込むことで、協同組合的な活動が再復興するんじゃないかと考えています。株式投資型クラウドファンディングやステークホルダー資本主義なども、その大きな流れなのではないでしょうか」

江戸末期、荒廃した村々を救った二宮尊徳の「報徳仕法」

コープさっぽろを例とする「協同組合」のみならず、「ゼブラ企業」「インパクトスタートアップ」などと呼ばれる企業の概念も登場し、社会性と事業性を追求したビジネスに注目が集まっている昨今。言葉は違えどその思想に通じる活動は昔から存在していたと両者は言う。そしてセッションの話題は、江戸時代末期に活躍した人物・二宮尊徳へと移っていった。

木下氏「地域再生について語られる時、人口減少、人口減少って枕詞のように繰り返されますが、じゃあ日本で直近で人口減少したのはいつ、どこでなのかというと、実は江戸の中期から後期にかけての北関東から東北地域なんですね。

これは『天明の大飢饉』が起きたことが影響していますが、温暖な気候の西日本は全然ましで、影響が大きかったのは北関東から東北でした。いわゆる行き倒れが生まれるような、大変な状況下で活躍した人物が、二宮尊徳なんです」

二宮尊徳は、小田原藩の農家の生まれ。自宅が二度も川の氾濫で流されるなどの不運に見舞われるが、稲の捨て苗や菜種を空き地に植えて得た収益を年々増やし、若くして家の再興に成功。実業家としての才覚を発揮し、数々の農村復興に尽力した人物である。木下氏は、「彼がすごいのは村の財政再建と、藩の経済開発の両輪を回す仕組みを作ったところ」と言及する。

二宮尊徳は、自身のノウハウを体系化し、独自の財政再建政策「報徳仕法」を提唱した。報徳仕法を理解するには、下記のような思想がキーワードとなる。

  • 至誠(しせい)・・・誠実であること。尊徳の教えの根底には「至誠」がある。
  • 勤労(きんろう)・・・懸命に仕事に励むこと。
  • 分度(ぶんど)・・・自分の経済的状況に応じて、身の丈にあった生活をすること。
  • 推譲(すいじょう)・・・将来に向けて貯蓄をし、また他者や社会のために一部を譲ること。

「分度」によって稼いだお金を節約し、余った資金を社会のために「推譲」する。報徳仕法は、極めてシェアリングエコノミー的な面を持つ一方で、租税をもとに藩の経済も発展させていることに特徴がある。二宮尊徳は農民一人ひとりにこの考え方を説明してまわり、分度と推譲を繰り返すことで、村の財政再建を成功させていった。報徳仕法は渋沢栄一や豊田佐吉、松下幸之助、稲盛和夫など、日本を代表する多くの経済人にも影響を与えたという。

木下氏「江戸時代には、重税で農民のやる気がなくなり、村から人が離れ、荒廃するということが頻繁に起きていたようです。財源が足りないから増税、足りないから増税と、現代のような政策がとられていたのだと思います。

荒廃した地域を再建するために、まず彼は測量を徹底しました。到底取れるはずのない租税の設定をやめて、約20年の収量の平均値をもとに、減税政策を各藩に提案する。藩主に無駄遣いを禁止するなどして財源は確保しつつ、藩のために働く人たちの給料を増やす。こうして全体のメリハリをガラガラっと変えることから始めていきました。

さらに各農民の家に行って、『あなたの農地の広さはこれくらいで、これくらい減税するから、農作業はこれくらいやりなさい』と細かく指導をした。当時は新たに田を開くと、7年は租税を回避できていたので開墾をどんどんすすめて、収入が増えてきたら分度改定といって予算を増やして…という指導に取り組んでいたのです」

世界の先端をいく互助的な金融機関「五常講(ごじょうこう)」が誕生

こうした報徳仕法で生まれた収益をもとに、二宮尊徳がつくったのが「五常講」という金融の仕組みだ。「五常講」とは1814年、二宮尊徳が小田原藩の使用人や武士たちの生活を助けるために設立した金融機関のこと。互いにお金を出し合い、困っている人に貸し付ける互助的な制度で、近代協同組合はイギリス、信用組合はドイツが発祥といわれるが、同時期もしくはそれより以前に、日本には本格的な信用組合の制度が生まれていたことになる。

木下氏「農民たちに収量が増えた分、次に新田開発する人に投資しなければならないと説得して出資させたり、報徳金というファンドを作って、運用金で田畑の開拓事業を進めたり、協同組合金融みたいなものをかなり昔から始めていたんです。これは一部の信用金庫のルーツにもなっていますね。

このように、近代化の中で消費者が資本家に牛耳られて協同組合を作る必要が生まれる前に、二宮尊徳は各幕藩体制と農民たちの間で、協同組合としての経済圏を作っていたんです。それぞれの村で成功すると、そこで生まれた資金で次の村に初期投資をしていく、という循環を作っていたと思います」

人口が減り続けていた地域においての二宮尊徳の政策は、現代に生きる我々としても、学ぶべきポイントが多い。木下氏は、協同組合の話にセットで、江戸時代後期にあった動きを紹介した。

資本主義経済の限界を超える、シェアリングエコノミー型の経営

人口減少、過疎化、少子高齢化……。ネガティブな印象を受けるこれらの状況下でも、資本主義経済の常識から離れることで新しい活路が見えてくる。

その一つの例として、木下氏は経営難に陥っているJR北海道を挙げた。両氏が所属するえぞ財団の試算では、道民が年間で約1,000円ずつ出資すると経営は十分に成り立つという。

木下氏「意外と、日常の中で自分たちでお金を出す選択肢は出ないですよね。ある生協では添加物を使わないハムやソーセージを作ろうとした時に、試作でできた不味いものも『買い支え』のスローガンのもと、みんなが購入したエピソードもあります。

負担なくして受益なし。いい商品ができたらお金を払うからくださいってやり方は、今まで人口が爆発的に増加していた日本で成立していた話。人口が減っていく地域では、企業は撤退して何もなくなってしまう」

成田氏「ある意味、国や町に税金を納めるのも同じです。僕の場合、厚真町に期待して住民税を払っているので、厚真町協同組合みたいなものだと個人的には思うわけです。それを拡大すると、国民国家はそもそも日本協同組合みたいなもの。国は本来、みんなで作って育んでいくものなんですよ」

最後に両氏から、人口減少地域における自立的な経済成長への期待が語られ、セッションは締めくくられた。

木下氏「世界には、人口が減りながらも経済効率の高い地域がたくさんあります。自動運転をはじめ、人口が減少した地域で十分に成立する経済モデルもある。フランスではパリの平均所得よりも、地方の方が高いという例もあります。人口減少地域でも、生産力を持って資本の経営をちゃんとやっていけば、まだまだ伸びていく可能性を感じています」

成田氏「スペインのバスク地方にある世界最大の協同組合『モンドラゴン協同組合』を研究していくと日本に通じるところもありますし、日本でも協同組合的な活動にデジタルテクノロジーを掛け合わせることで、すごい未来を作っていけるんじゃないでしょうか」

江戸時代の村社会がそうであったように、本来、社会保障や生活インフラは行政や企業から一方的に与えられるものではない。自分たちがまちづくりの当事者となることは、将来への漠然とした不安を一つずつ解消していく手段にもなる。人口減少地域にとどまらず、一人ひとりが能動的にアクションを起こすことは、本当の意味でのデモクラシー(民主主義)にも通じていると感じた。