二地域居住促進法が地域社会にもたらすインパクト
コロナ禍以降、テレワークを実施する企業が増え、全国で13%、東京圏では22%*1と約1〜2割の就業者がテレワークを利用しているという昨今。20代のうち44.8%と約半数が地方移住への関心を持っており、また二地域居住等を実施していない人のうち、約3割が二地域あるいは多拠点での居住に関心を持っているという(令和5年4月内閣府調査)。こうしたテレワークの普及や地方移住・二拠点居住への機運の高まりを受けて成立したのが、「二地域居住促進法」だ。
*1(出典)大久保敏弘・NIRA総合研究開発機構(2024)「第10回テレワークに関する就業者実態調査(速報)」
二地域居住の推進官を担当する酒井氏は本法律が施行したことを受け、各地域で実現が期待できる「二つのシェア」を紹介してくれた。
酒井氏「一つは地域の人手不足を解消する人材のシェアです。人口減少が進んでいる状況の中で、一つの地域において、一人一役だけではやはり限界があります。二地域居住・多拠点居住ができれば、一人の人間がいろんな地域で三役、四役と担っていける。そうすれば、実際の人口は減っていても各地域の経済活動に貢献する人口が増えるのではないかと。
そしてもう一つは、災害時における二次避難先としてのシェアです。二地域居住・多拠点居住を広げ、居住地域を分散することによって、被災後の避難生活や暮らしにおけるリスクを分散できるようになる。つまり、地域のリダンダンシー(「冗長性」、「余剰」を意味する言葉)を確保できるようになります。
2011年の東日本大震災や今年初めの能登半島地震でもそうですが、二地域居住を防災面・復旧復興面で望んでいる方がたくさんいらっしゃいました。被害が甚大だった地域では、居住スペースがなくなり、移住を余儀なくされる方も数多くいます。また被災した地元の復興に協力したくとも、『地元で頑張っている方々に申し訳ない』と、自身が移住して地元を離れたことを理由に二の足を踏んでしまう方が多いということも聞き及んでいます。もし二地域・多拠点居住に慣れていれば、それぞれが縁のある地域に避難できますし、また二次避難者を受け入れる側も対応がしやすくなるはずです」
佐別当氏は、全国各地に存在する空き家や空き部屋を活用し、多拠点生活を志向するユーザーたちに月定額制で住まいを提供するプラットフォーム「ADDress」の運営を通して、全国各地に関係人口をつくり出してきた。同氏は現在株式会社雨風太陽の高橋氏と協力しながら、能登半島地震が起きた石川県で事実上の「第二住民票」を取得できる登録制度を導入するため奮闘しており、「関係人口の創出が災害からの復興に寄与しうる」と酒井氏に同調する。
佐別当氏「どこかの地域の関係人口となることで、その地域が被災した際にそこに住む方の顔が浮かびやすくなります。そうなれば、寄附もしやすくなるでしょうし、お世話になっている方のお店が困っているとなると、ボランティアで手伝いに行こうと思いやすくなりますよね。一方で、観光誘致ばかりになってしまっている地域は、関係人口が増えておらず、被災時にもその地域の方々の顔が思い浮びにくい。地域外の人たちもニュースを見て『大変そうだな』と心配するところで止まってしまう。
自分の居場所としてどこかの地域と関係性を持つことは、その地域にとってもすごく心強いものになると思うので、今回二地域居住が広がっていくことは非常に大事じゃないかなと思います」
佐藤氏が市長を務める長野県飯田市は2021年、シェアリングエコノミーの先駆け的存在である米・民泊事業者Airbnbとパートナーシップを締結。農家ステイ・空き家活用等での協業や、空き家活用と宿泊業のノウハウを学べる講座「エアビースクール」の実施など、市に関係人口を創出するための様々な施策を展開している。
公民連携の模範とも言える自治体運営を行う飯田市。二地域居住促進法の施行により、市として二地域居住の促進に関する計画(特定居住促進計画)を作成できたという。より関係人口を呼び込みやすくなったことについて、佐藤氏は首長としての立場から「国としてお墨付きを与える姿勢を示してくれたのはありがたい」とこれからの自治体運営に大きな影響を与える可能性を示唆する。
佐藤氏「これまで我々自治体が観光と移住・定住とをあまり区分けせず、一連のものとして捉えてきた中で、関係人口という形で関わってくれる方が増えてきていることを認識しています。これから具体的に二地域居住促進法に基づいて計画していく中で、国からはもちろん、民間の方々からも支援していただける場面がどんどん増えていくと思っています」
民間の主体性が地域コミュニティ形成のカギになる
二地域居住促進法の施行によって、人手不足や過疎にあえぐ地方に新たな風が吹き込むことが予想される一方で、自治体の運営においては本法律がもたらしうる利益ばかりでなく、地元住民が抱える不安とも向き合っていかなければならない。全国各地域と関わる機会の多い佐別当氏は「『関係人口を増やしてどうなるのか』と地元住民の方々から疑問を投げかけられることもある」と話す。
二地域居住を希望する人々の間にも不安は尽きない。移住先での「住まい」や「なりわい(仕事)」の確保など様々な懸念がある中、多くの二地域居住希望者が抱える不安として挙げられているのが「人間関係・コミュニティ」の構築に関するものだ。二地域居住促進法には、制度的支援や補助金・交付金の設置によってこうした不安を解消する役割も当然含まれているものの、実際には各自治体や市民・民間団体が協力してコミュニティ形成を図っていくことになる。
Airbnbと協力しながら、市に人を呼び込む施策に力を注ぐ佐藤氏は、民間事業者の積極性や心遣いが、二地域居住希望者と地元住民との間により良い関係性を育むカギになると語る。
佐藤氏「Airbnbさんと提携している中で実感するのは、地域の方々との交流をとても丁寧に実践しているということ。イベントの実施や新たな宿の開業など、ことあるごとに地元の皆さんにきっちりと説明していますし、それ以前に日頃からお話をすることでしっかり人間関係を築いています」
株式会社Unitoの代表の近藤氏は、「魅力ある複数のコンテンツの詰まった複合施設を各地域に展開することで、コミュニティ形成が容易になりうる」と話す。株式会社Unitoは住宅居住者が自身の部屋や居住地に滞在しない間宿泊者に貸し出すことで、家賃を下げられる仕組み「リレント」を日本で初めて導入したことで知られる。居住者と宿泊者を結ぶプラットフォーム運営はもちろん、各居住地のリレントにあたり、物件開発や運営事業も行なっている。
近藤氏は物件開発・運営事業の一例として、昨年リノベーションして複合施設としてオープした池尻大橋の大橋会館について紹介。同社は、施設のなかで東急株式会社と協同で「ホテルレジデンス大橋会館 by Re-rent Residence」をオープンし、運営を手掛けている。かつては大手企業の研修施設だった築50年を超える物件が、様々なコンテンツが同居する複合施設に変わったことで、地域のハブとも言える存在になったと感じているという。
近藤氏「1階に飲食店と個展スペースがあり、2、3階にはシェアオフィス、4、5階にはホテルレジデンスを構えています。すごく単純なことですが、美味しい飲食店さんが1階に入ってくれたことで、人々が集まるようになったんです。美味しい飲食店があるという事実が、その地域に訪れるハードルを下げてくれるんだな、と実感できました。施設への来訪をきっかけに、上階にあるシェアオフィスやホテルレジデンスにも興味を持っていただけた方も数多くいました。
ここで改めて気づけたのは、『街のカルチャーを象徴するシンボル的』と言えるような施設が、ある特定の方々にとっては魅力に感じられるということです。こうした施設があることで、地域の認知度が上がる可能性が十分にある。観光資源がなくとも、魅力的なカルチャーがある地域であれば、それを体感できる施設をつくり、運営することで関係人口を呼び込めるようになる可能性も上がるのではないでしょうか」
二地域居住希望者と地元住民それぞれが幸せを追求すれば、地域は活性化する
Airbnbとの提携をきっかけに、インバウンドが増加傾向にあるという飯田市。佐藤氏は「有名観光地がない飯田市に海外から観光客が来てくれるのはAirbnbさんとの提携のおかげ」としながらも、地元住民にとっては身近な「地域の暮らし」が観光資源になっているとも話す。またインバウンドだけでなく、日本に住む人々にもその魅力は届いているようだ。
佐藤氏「例えば竹林の拡大化という地域の困りごとを解決するために、大学生がボランティアで来てくれて、その伐採した竹で地元住民と一緒にメンマを作るという活動も行なっています。地域の暮らしに興味を持っていただける方がコミュニティに入ってきてくれて、その一員として通ってくれることは、地元住民にとってもとても活力になるんですよ。そうした瞬間を見るにつけ、決して有名な観光地がなくとも、人と人とのつながりを紡いでいくことで、この地域に来てくれる人が増えるんだと実感しています。
彼らがなぜ飯田市を選んで来てくれているのかはまだわからないんですが、一つ言えるのは彼らがすごく楽しんでくれているのが伝わってくるということ。地域の人から感謝されることが、彼らの幸せにもつながっているのだと思います。今後もこうしたコミュニケーションがどんどん生んでいき、地域も市民も元気になるような関係を築き上げていきたいと思います」
こうした発見が全国各地に広がっていけば、各地域を訪れる人々が新たな魅力を見出し、地域は自ずと活気付いていくはずだ。そうすれば二地域と言わず、多拠点を股にかけて活躍するプレイヤーたちもどんどん増えていくだろう。「実際に二地域居住者が増えれば、彼らが各地域の担い手になっていくんじゃないか」と期待を込めて問いかける佐別当氏に対し、酒井氏は次のように返答する。
酒井氏「地方創生のため、地域のために都市から訪れてほしいというわけではありません。これまで地方創生を考える上で、地域側の要望はあっても、都市から来る人たちが何を望んでいるかについてはなかなか考えが及んでいなかったように思います。二地域居住促進法は地域だけではなく、主体性を持って地域の活性化を思案する市民の人たちが参画しやすい設計になっています。そういう意味では、地域に来る人たち各個人がそれぞれの幸福のために行動してほしいと思っています。
主体性のある市民の方々が地域に参画することで、確実に言えることが一つだけ挙げられます。それは地域の構成メンバーが多様になることです。各個人が多様性の中で幸せを追求できるようになれば、自ずと地域の魅力も上がるはずです。都市と地方、官と民が協力し、誰もがハッピーになる政策にしていきたい、そう思っています」