孤立した子どもたちに居場所をつくる、リアルとオンライン、二つの取り組み。

セッションは、スピーカー三名の自己紹介から始まった。まずは、特定非営利活動法人キリン こども応援団 代表理事の水取博隆氏だ。水取氏が大阪府泉佐野市で運営する「キリンの家」は、日中は不登校の子どもたちが通うフリースクールだが、夕方からは地域の子どもたちが集う子ども食堂になる。

水取氏が「キリンの家では居場所を作るだけでなく、子どもたちが自分に自信を持って人生を歩んでいくための体験授業を重視しています」と話すように、キリンの家のフリースクールには、通常の授業では経験できない多彩なプログラムが用意されている。

特定非営利活動法人キリン こども応援団 代表理事 水取博隆氏

特定非営利活動法人キリン こども応援団 代表理事 水取博隆氏

スピーカーの一人である川上翔大氏は、水取氏が運営するフリースクール「キリンのとびら」の高等部に通う高校1年生。まさに今、体験授業の一環として高校生だけで民泊施設の企画・運営にチャレンジしている最中だという。水取氏から「彼はこういった場が初めて。緊張しているかもしれませんが、温かく見守っていただければ」と前置きがあり、川上氏の挨拶に移った。

フリースクール キリンのとびら 高等部 学生 川上翔大氏

フリースクール キリンのとびら 高等部 学生 川上翔大氏

川上氏「僕は中学1年生の時に学校に行けなくなり、2年生の時に 『キリンのとびら』に出会いました。今は高校の卒業資格の取得を目指しながら、さまざまな体験授業を経験しています。現在、僕たちが企画している民泊施設のコンセプトは『高校生がつくる民泊に訪れる旅人へ、安らげる居場所と心満たされる体験を』です。民泊での体験を次の一歩に繋げてほしい、という思いを込めて店名を『COMPASS』と名付けました」

二人に続き、最後はオンラインでの参加となった今井紀明氏が自己紹介をした。今井氏は、2004年に子どもたちの医療支援のために渡航したイラクで現地の武装勢力に人質として拘束され、帰国後に受けた激しいバッシングにより対人恐怖症になった経験を持つ。こうした自身のバックグラウンドが孤立する若者と重なり、2012年に「10代の孤立」という問題の解決に取り組むNPO法人D×Pを設立。

現在、D×Pが運営するLINE相談「ユキサキチャット」は登録者数が15,000人を超え、貧困や虐待などの問題を抱える若者の相談が、全国から寄せられている。また、10代の若者向けの食糧支援は約24万食、現金の給付支援は8,000万円を超えるなど、D×Pの支援の幅は広がり続けている。

オンラインでの参加となった認定NPO法人D×P 理事長 今井紀明氏

オンラインでの参加となった認定NPO法人D×P 理事長 今井紀明氏

今井氏「D×Pの年間予算は2023年で約2.7億円にのぼりますが、うち80%以上は多くの方々の月額1,000〜2,000円の寄付金で運営されています。いじめのオンライン相談は国や自治体でも用意されていますが、福祉的な分野のオンライン窓口はまだありません。私たちは、既存の制度ではカバーできていない事業を個人や法人の方々と一緒に作っている組織だと感じています」

現場から語られる、子どものセーフティネットにおける課題

次にファシリテーターの大屋氏から、現場で感じる課題について問いが投げられた。地域に根ざした活動をする水取氏、当事者として施設に通う川上氏、そしてSNSを通じて全国から相談を受け付けている今井氏、三者三様の課題が挙げられた。

Airbnb Japan株式会社 公共政策本部 本部長 大屋智浩氏

Airbnb Japan株式会社 公共政策本部 本部長 大屋智浩氏

水取氏は2023年の不登校の小中学生について、文部科学省から34万人という過去最多の数字が発表されたことを挙げ、子どもたちに必要なのは「多様な生き方を提示できる社会」だと語った。

水取氏「不登校の子どもたちは、得意なことと苦手なことがはっきりしていることが多い。でも、彼らは得意な分野で光るものを持ってます。子どもたちが生きていくうえで、いい大学を出ていい会社に勤める、それだけがゴールではありません。しかし、不登校の子どもたちが将来の選択肢を人とのつながりから学ぶ機会は少ないのが現状です」

これに対して川上氏は「子どもたちが行きたいと思える居場所が少ない」と、率直な意見を出した。

川上氏「34万人いる不登校の子どもたちの中で、自分の居場所に出会える人は本当に少ないと思います。僕もキリンのとびらに出会えていなかったら、まだ家に引きこもっていたかもしれません。受け入れる施設が少ないことも問題ですが、子どもたちが『おもしろい』『行きたい』と思えるような居場所はさらに少ないのではないでしょうか」

たとえ受け入れる器があっても、個人に合うものでなければそれは善意の押し付けにしかならない。子どもたち一人ひとりの個性を生かすには、紋切り型でない多彩な受け皿があるのが理想的だ。とはいえ、既存の取り組みだけでは十分な支援が行き届いていないのが現状である。今井氏は、国や自治体の対応だけでは追いつかない、子どもたちの福祉的サポートへの問題点を指摘した。

今井氏「生活保護、障害年金など日本にはさまざまな社会保障制度がありますが、子どもたちにとって自治体の窓口に相談することはなかなかハードルが高く、制度を届けることができていません。私たちのもとに来る子どもたちの約半数は家庭が借金を滞納している状態で、そのうち約6割は公的な支援制度の存在も知りません。オンライン上で福祉的な情報に対してどうアクセスしやすくするのか。この点が、今の日本に足りない分野ではないでしょうか」

こうした状況を打開するために、今井氏はインターネットが持つ情報拡散力について実例を持って言及した。

今井氏「食料支援を受け取った学生がTikTokに1回投稿しただけで『いいね』が1000ほどついて、4日間で月間の相談人数を超えたこともありました。また、Instagram広告の金額を少し上げるだけで相談が増えたこともあります。今後は国や自治体がオンラインの相談窓口を設けるだけではなく、インターネット上での広報力を向上させ、どう情報を広げていくのかも課題です」

広報力を上げると同時に、相談に対応する人員的な限界も考える必要がある。今井氏はスタッフの負担軽減のため AIを用いた「ユキサキチャット」を試作していることも紹介した。

セーフティネットの強化には組織間の“連携”が必要

現場で直接子どもたちに対峙している水取氏は「一つの手法だけでは、すべての子どもたちにリーチするのは難しい。子どもとの接点をいくつも作り、取り組みを網目のようにつなげていくことを意識している」と話す。

水取氏「例えば、まずは一人親家庭に24時間体制で食材支援を行う『コミュニティフリッジ』という取り組みを行い、そこでつながった子どもたちに、次は子ども食堂や学習支援を提供するなど、つながりが生まれる扉をいくつも用意しています。

また、不登校の子どもたちについては学校と連携して、フリースクールへの登校を出席扱いにしたり、定期テストをフリースクールで実施したりもしています。ただ、個人情報保護の問題があるので、貧困やネグレクトになっているなど家庭の情報が学校から報告されることはありません。

私たちが学校からの情報共有によって家庭の問題に気づくことは難しいですが、私たちが家庭内の問題を感じた時は、学校にできるだけ共有するようにしています」

対して、オンラインでの活動にも注力している今井氏は、こうした地域活動の重要性を語る。D×Pでは現在、全国の約140のNPO、35の自治体と連携しながら活動を行っているという。例えばオンラインで相談を受けた子どもに対し、地域のNPOが役所での手続きに付き添うなど、オンラインとオフラインの連携は重要だ。

ただ、今井氏からは「福祉領域における連携はまだデジタル化されていない」との指摘もあった。昨今、共通の社会課題に対して企業や行政、NPO、個人などさまざまな立場の人が領域を越えて協力する「コレクティブインパクト」が注目を集めている。異なる組織間の連携をスムーズにするためのプラットフォームの開発は、子ども福祉の分野においても喫緊の課題なのだろう。

対話や寄付、サービスの提供などそれぞれの立場から社会課題に参加する方法

一個人として子どもの福祉的問題に関わることは、難しいことなのだろうか。普段の生活の中で、具体的にどのようなアクションの手段があるのか水取氏と今井氏に質問がなされた。

水取氏は「一緒にテーブルを囲みながら話をするだけで、子どもたちにとって大きな経験になる」といい、まずは子ども食堂など地域の子どもたちの居場所がどこにあるのか調べてみてほしいと話す。

水取氏「生まれてきた環境によって、自分の可能性を制限してしまう子どもは多い。子ども食堂に企業の社員がボランティアとして来てくれることがありますが、そんな時は自分がどう生きてきて、今どんな風に働いているのか、そんな話をしてほしい。多様な職種や働き方を知ることで、子どもたちの可能性は広がっていきます」

こうした考えを持つ水取氏のもとで、川上氏は多くの大人から生き方の多様性を学んできた。「キリンのとびら」の高等部では現在、週に一度フリーランスで働く講師からパソコンスキルなどを学ぶ授業も行っているという。

川上氏「授業では、動画編集やウェブサイトでのライティングなど全く経験のないことを学び、自分が輝ける瞬間を見つけることもできました。最近では『やらないといけない』ではなく『自分のやりたいことをやる』のが子どもの仕事なのかな、と思うようにもなりました」

体験授業について「とても楽しい」と話す川上氏。大人との交流が、いかに子どもたちの視野を広げていくのか実感するコメントだった。

今井氏からは、NPOへの関わり方の提案が三つの立場に分けてなされた。一つ目は、このイベントを主催する一般社団法人シェアリングエコノミー協会に向けて。経済同友会がNPOと連携する動きがあることを例に挙げ、協会とも協力できるのではないかと言及した。

二つ目は、市民ができることについて。今井氏は「寄付は公共を作るという意味で、シェアの概念に強い」と述べ、本来寄付とはもっと身近なものであるべきだと主張した。

今井氏「寄付には『一方的に与えるもの』という印象がありますが、実は『参加するもの』なんですよね。この意識が日本には足りていません。みんなで少しずつお金を出し合えば、国や行政に代わって新しい制度を作ることも可能です」

しかし、社会課題への能動的な関わりは、自分の興味関心や好奇心からでないと難しい。今井氏は寄付について「関心を持っている領域からでいい」とも話し、例えば環境系のボランティアなど、自分なりに面白いと思う分野から始めることが提案された。

三つ目は、企業ができることについて。自社のサービスを無償で提供して社会的なインパクトをともに生み出すことは、企業ならではの関わり方だ。実際にD×Pでは、サイボウズ株式会社やチャットワークを運営している株式会社kubellと連携した実績もあるという。そのほか、足りない人材を期間限定で派遣するなど、人材交流という方法もある。

このように、セーフティネットに参加する手段は決して一つではない。さまざまな立場と観点で、自分らしくつながっていくことが可能なのだ。

子どもたちの挑戦と、そこから生まれる支援の輪

水取氏が運営するキリンの家では、現在進行形で多様な体験授業が行われている。最近では地域を盛り上げるために、子ども食堂に通う中学生が「泉佐野ギョーザ」というご当地グルメを開発したという。近々、泉佐野市の主催で関連イベントも開催される予定だ。

水取氏「子どもたちの熱意に周りの大人がどんどん動かされている状態ですね。子どもたちとは、将来的にこの活動で生まれた利益が、地域の子どもたちの新しいチャレンジ事業の基金になればいいね、と話しています。私たちの事業の可能性は、子どもたちが地域を作っていくところにまで広がっています」

泉佐野ギョーザを子ども食堂の運営団体の方々に試食してもらっている様子

泉佐野ギョーザを子ども食堂の運営団体の方々に試食してもらっている様子

今井氏からも、支援した子どもたちが社会に出た後、D×Pのサポーターになってくれるケースがあると話があった。支援のバトンは一対一で完結するものではなく、一人から複数に渡っていくのだ。

また、キリンの家で行われる体験授業は、単なる企画やプレゼンにとどまらず本格的な事業に発展しているのが大きな特長だが、その裏には子どもたちを信じて見守る地域の大人の姿がある。水取氏は「僕たちが大事にしてるのは、子どもたちが失敗を恐れずチャレンジできる環境を作ることです。大人との信頼関係があれば、時間はかかっても彼らは色々なことに挑戦していける」と話し、地域で子どもたちの居場所が増えていくことを願った。

社会の仕組みは、市民一人ひとりの問題意識から作られる

今井氏はこの国の13〜25歳の人口約1,500万人のうち、貧困線などをもとにすると、ユキサキチャットの支援を必要としている子どもの人数は約200万人いると推計する。そして、このうち国が支援できているのは1割に満たないというのが、今井氏の見解だ。現在D×Pが掲げる『2030年ビジョン』では、この割合を3割まで引き上げることが目標とされている。

今井氏は国や自治体だけではセーフティネットが十分に機能しにくい現状を伝え、オンライン相談ができる場を広げるだけでなく、民間から課題解決に取り組む重要性を繰り返し呼びかけた。

今井氏「日本で最初の児童養護施設は、明治時代に民間から作られました。2020〜2030年代ではもう一度、民間の力でセーフティネットを再構築していく視点が重要だと感じています。まずは関心領域からでも、ぜひ皆さんに社会課題への取り組みに参加していただけたらいいなと思います」

今回のセッションでは、メディアの報道だけでは知ることのできない子どもをめぐる深刻な問題が見えてきた。子どもを育てることは、未来の社会を作ることに同義である。

地域に密着してコミュニティを築く水取氏と、SNSを活用して全国に支援の輪を広げる今井氏、好対照をなす二者の取り組みからは、異なる組織の協働がセーフティネットの強化に重要であることがよくわかった。網目を細かくする一つの支点として、私たち一人ひとりが少しずつでもアクションを起こさなければならない。そう感じさせる熱意のこもったセッションだった。