全国の各自治体で問題視される「人手不足」と、解決すべき課題
近年では、地域社会の持続可能な発展を支えていく社会インフラの一助として期待されるシェアリングエコノミー。人口減少が進む日本においても、社会基盤となりうる経済活動の一つとして注目され、シェアリングエコノミーの推進を後押しする形で、関係省庁による法整備が少しずつ進められている。
都市と地方を結びつけ、経済を活性化できる点が評価されている一方で、シェアリングエコノミーが災害発生時にも貢献しうる点はあまり知られていない。東日本大震災からの復興を目的に設置された復興庁は、「都市部に在住し、被災地の復興に何らかの関心を持つ者と、課題解決や新規授業に取り組む被災地企業等との接点を持つ場を設ける」ため、令和元年度に「関係人口増加プロジェクト事業」を実施。
これは震災被害の大きい地域において、被災や人口流出により人口が減少し、復興に遅れが生じていることを受けて始まった活動だ。同事業では、地域の課題解決や仕事を目的に、定期的に被災した地域へ訪れる関係人口を創出していくことを目指している個々人が持つスキルをシェアするという意味合いにおいて、この関係人口の創出もシェアリングエコノミーの重要なファクターの一つとして扱われている。
セッションの冒頭では、登壇者たちが「人手不足」「人口減少」という問題をどのように捉えているかが語られた。
「『関係人口』の創出で都市と地方を繋ぐ」というミッションを掲げ、様々な事業を展開している株式会社雨風太陽の高橋氏も、関係人口として活動している。同氏は、今年元日の能登半島地震の発生から今日に至るまで、金沢市そして能登を拠点に支援活動の最前線で自らが関係人口の一人として奔走。並行して、能登の復興に携わる関係人口を増やす取り組みを続けている。
同氏は、能登の被災地が深刻な人手不足にあること、そして災害が激甚化する日本の現状を鑑み、「同様の復興モデルが他地域にも広がってしまう可能性がある」ことを指摘し、危機感を募らせる。
高橋氏「過疎は慢性的な災害であるとも言えます。人手不足が深刻化している過疎地は地域を維持していくために必要な活動量を維持できない。こうした人手不足の問題が災害時に一気に顕在化したケースが、今回の能登半島地震だと思います。
以前講演で『能登は日本の分水嶺だ』と話したことがあります。限界集落のような過疎地を未来に残していくことについて、復興の現場ではすでに議論され始めています。都市の消費活動を支えてきた中山間地・過疎地と我々社会がどう向き合うか、答えを出さなければいけない時が来ているんだと思います」
![株式会社雨風太陽代表取締役 高橋氏](https://i0.wp.com/inquire.jp/wp/wp-content/uploads/2024/12/image7-1.jpg?resize=650%2C433&ssl=1)
株式会社雨風太陽代表取締役 高橋氏
菅野氏が町長を務める山形県西川町は人口4,562人(2024年11月現在)。まさに高橋氏が懸念する人手不足という課題に直面する地域だ。
菅野氏は2022年の町長就任以降、令和12年度を見据えたまちづくりの中期計画「第7次西川町総合計画」の策定や、諸条件を満たすことで1年ごとに元金と利子を補助金として支払う町民限定の教育ローン「帰ってきてけローン」の導入など、西川町の生産年齢人口増加のために数々の施策を展開してきた。
こうした自治体主導の施策を進めている菅野氏だが、人手不足を解消するための実践をより一層重ねていくために、今後は「もっと官民連携を図っていきたい」と語る。
菅野氏「私はこれまで様々な省庁に勤めてきましたが、その中で実感しているのは官民連携を促す補助金はたくさんあるということ。むしろ官民が連携していくには補助金が前提となっていると言っても良いぐらいです。
一方で、自治体に身を投じるようになり、二つの課題があると感じています。一つは役所内で課題が整理できていないことです。それぞれの課で、どの課題を扱うべきか優先順位がつけられておらず、全体の課題が煩雑としてしまっているケースが多く見られます。
もう一つは自治体がどの民間の方々と連携すべきか判断がつかないということ。この課題を解決していくためには、シェアリングエコノミー協会のような自治体と民間をつなぐ仲介者の存在が必要なのではないかと考えています」
![山形県西川町長 菅野氏](https://i0.wp.com/inquire.jp/wp/wp-content/uploads/2024/12/image6-1.jpg?resize=650%2C433&ssl=1)
山形県西川町長 菅野氏
大阪府四條畷市長の東氏は、行財政改革を推し進めることで、四條畷市の将来推計人口の改善を実現し、2050年における推計人口を5年間で約4,300人も増加させた。同氏は、人手不足という課題を悲観するばかりではなく、「市民の皆さんが活発な議論を始めるきっかけになっている」と話し、今市内で起きている市民同士の交流に期待を寄せている。
東氏「例えば四條畷市内では盆踊りのような行事が各自治体にあるんですが、近年では人手不足を原因に隣り合わせの地区同士が両地区の間にある学校で合同開催するということも起きています。平時におけるこうした交流は災害時においてもとても大事なんです。違う地区の市民同士が顔見知りになっていれば、災害時に避難所へ避難してきた場合であっても、互いに助け合うことができるようになる。
こうした交流が生まれたことは人手不足という課題があったからこそであり、今ではこれまで取り組めなかったことに挑戦する市に変わり始めています」
![大阪府四條畷市長 東氏](https://i0.wp.com/inquire.jp/wp/wp-content/uploads/2024/12/image9-1.jpg?resize=650%2C433&ssl=1)
大阪府四條畷市長 東氏
すべての課題に向き合うのをやめ、情報公開と説明責任を果たす
広域連携を生み出すことで人手不足を解消してきた四條畷市は、同様の課題を抱える自治体が解決への糸口を見つけるためのモデルケースと言えるかもしれない。一方で、能登で復興の現場に身を置く高橋氏によれば、こうした広域連携が必要でありながら「全くできていない地域もある」という。
では四條畷市のように人手不足を解消するには、多くの課題と向き合う自治体の行政においてどのような意識改革が必要なのだろうか? 東氏は「まずはすべての課題と向き合うのをやめること」が肝心だと語る。
東氏「課題を解決するとなると、新しいことを始める発想になりがちです。ですが、目の前の課題と次々に向き合っていくことは、職員にとっても市民にとってもすごく負担がかかるんですね。この負担を取り除くこと、つまり課題と向き合うのをやめる判断をすることが首長の役割だと思っています」
菅野氏も「課題を減らすことはとても重要で、市民や職員、そしてまちにとっての持続可能性は予算をつける上での一つのポイント」だと東氏の意見に同調する。市町村の行政を担う二人の主張を受け、高橋氏はその上で「情報公開と説明責任を果たすこと」が今後の行政の役割になると話す。
高橋氏「行政が課題と向き合うのをやめるにしても、しっかりと情報公開や説明責任を果たせば、『そういうことであればしょうがないよね』と、住民の皆さんは満足できなくとも納得はできるようになる。そうすれば市民が当事者意識を持てるようになり、ひいてはアクティブシチズンとして地域に参画できるようになると思うんです」
アクティブシチズンを生み出す地域行政・民間団体の新たな試みとは?
地域行政に求められるのは、何も課題と向き合うのをやめることばかりではない。主体性を持って地域のまちづくりに参画するアクティブシチズンを生み出していくには、慣例や常識を打ち破り変革を生み出していく公民両軸からの試みも必要だ。菅野氏、東氏は自治体の首長という立場から、そして高橋氏は民間団体という立場から地域に変革を起こす試みを実践してきた。
菅野氏は西川町の人手不足を解消する手立てを検討する中で、少しでも町に関わり代を持った人を増やしたいという思いから、関係人口増加を念頭に置いた施策に取り組んでいる。取り組み当初、「まちに訪れてほしい」と考えていた若年層および富裕層をターゲティングし、市場調査を実施したところ、両層に共通する関心のある分野がWeb3分野であった。
省庁の職員時代からWeb3分野に目をつけていたという菅野氏。2023年、内閣官房の経済財政運営の基本方針である「骨太の方針」内のパブコメにて、Web3分野に関連する内容が盛り込まれたことをきっかけに、西川町は大胆にも日本初の自治体発行NFTとして「西川町デジタル住民票NFT」を発表。町内人口の2.8倍、1万3,000件を超える購入申し込みが殺到し、関係人口が大幅に増加する結果となり、またこのNFT購入者からの交付金で市政の財源を確保できたという。
菅野氏「ここでシェアリングエコノミー的な考えを活かしています。デジタル住民票で作ったつながりを使って少しでも関わり代を増やすために、NFTを購入された方々からの交付金を利用し、東京・高円寺に公営の居酒屋を作ったり、町内で実施する講演の命名権をNFTで販売したりもしています。こうしたことをきっかけに、何度も西川町へ足を運んでくださるデジタル住民の方々も増えています」
東氏は全国で初めて市長の後継候補を求人サイトで公募するという新たな挑戦に試みた。東氏いわく、財政を管理する立場である首長はその経営資質が求められるにも関わらず、「市長選挙は4分の1が無投票で、町村長選挙になると5割が無投票で決まっている」のだそう。この状況を打破すべく試みた挑戦だったが、わずか3週間の公募にも関わらず209名にも及ぶ候補者を集めることに成功している。
東氏「実は我々首長は居住地が問われないんです。つまり該当地域に居住実態がなくても立候補できる。この実態を鑑みると公募が馴染むんじゃないかと。北海道から沖縄までどころか、海外からも応募いただき、209名中7割を超える応募者の方々が民間企業出身の方でした。年代についても、20代から60代まで本当に満遍なく応募があり、最高齢の方は88歳」
高橋氏は、震災の影響で能登から早期に広域避難せざるを得なくなったにも関わらず、復興が追いつかないために能登にも戻れず金沢市に移住を迫られる方々が相当数いる実態を目の当たりにしたという。「市民の方々が復興の主体としてふるさとに関わりながら、避難先でも市民権を得ているという両方の状態にしなければいけない」との思いから、高橋氏は事実上の「第二の住民票」の交付を目的にした「石川県特定居住者等登録制度」を県に提案。石山氏もこの提案に参画し、共に導入に向けて議論を進めている。
高橋氏「今、石川県でやろうとしているのは関係人口の可視化です。これによって復興の人材バンクにもなりうるし、企業にとっては地域が有望なマーケットになる可能性もある。都市において住民の働き方が多様化している中で、都市に縛り付けられる理由はないですよね。なので、同様の制度を全国に導入していき、国民運動にすることがすごく大事なんじゃないかと思っています」
公民連携を促すために必要なのは「対話」とアクティブシチズンの主体的な行動
こうした新たな取り組みは各自治体の税収を財源にしている以上、市民からの反発も少なくない。実際に菅野氏は「市民から『関係人口ばっかり大事にしているんじゃないか』と意見をいただくこともあった」と話す。石山氏から「新しいことを取り入れる上で市民との合意形成を図るために工夫している点」を問われると、東氏・菅野氏はともに「市民との対話の機会をいかに多く設けるかが重要だ」と強調する。
![一般社団法人シェアリングエコノミー協会 代表理事 石山氏](https://i0.wp.com/inquire.jp/wp/wp-content/uploads/2024/12/image3-2.jpg?resize=650%2C433&ssl=1)
一般社団法人シェアリングエコノミー協会 代表理事 石山氏
東氏「丁寧に説明するというと簡単なように聞こえますが、これに尽きます。先ほど高橋さんもおっしゃっていましたが、『納得はできないけれども理解はできる』と思ってもらえるかどうか。そのための努力を怠らないかどうかが大事なんだと思います」
一方で、公民連携を促していくにはアクティブシチズンの主体的な行動も必要であり、その重要なファクターとなりうるのが民間企業だ。「これから企業が公共意識を高めていくのに必要なものは何か」という石山氏の問いかけに、NPO起源の企業として昨年初の東証上場を果たした高橋氏は「それぞれのパッションであり、主観だ」と答える。
高橋氏「僕は社会起業家の数だけ、指標の種類があっていいと思っています。それぞれが考える社会課題があって、それに賛同する人々が集まり、やがて出資してくれる人も、サービスを使ってくれる人も現れる。つまり非営利として始まった活動が事業に転じるには時間がかかるわけです。だからこそ株主にどう説明していくのかが非常に大事なんです」
各地域で深刻な課題が浮き彫りになる中でも、主体性を持った市民と各自治体が連携することで解決できる可能性は大いにあるということが三人のトークで認識できた。今回登壇した三人による取り組みのように公民連携を促す動きがより活発になっていけば、アクティブシチズンが活躍できる機会や場所は全国的・加速度的に増えていくはずだ。
そして三人に共通していたのは、地域と市民を結びつけるために対話を積み重ねてきたことだ。これからシェアリングエコノミーを推進していくプレイヤーにとって、コミュニケーション能力は欠かせない資質と言えるだろう。