サスティナブル建築の第一人者マリオ・クチネッラの建築哲学

マリオ・クチネッラは、今日、サスティナブル建築の第一人者として世界的に活躍するイタリア人建築家だ。

1987年から建築家としてのキャリアをスタートさせたクチネッラは、同じくイタリア人建築家の巨匠レンツォ・ピアノの建築事務所「レンゾ・ピアノ・ビルディング・ワークショップ」で5年間にわたる共同プロジェクトに参加後、1992年に自身の建築事務所を設立した。

代表的建築に、2015年・La Balena(グアスタッラ幼稚園 / イタリア)、2018年・Arpae(州立環境エネルギー局・フェラーラ支部 / イタリア)、2022年・ミラノサローネ国際家具見本市のパビリオン建築がある。自然環境や環境問題に配慮した数多くの建築を発表し、2015年にサスティナブル建築の設計に特化した教育機関「SOS (School of Sostainability)」を設立した。

建築家としての彼のこだわりは、彼自身が局長をつとめる建築事務所のつくりにもあらわれている。まず、印象的なのは広々とした空間だ。800m2、3階建てのオフィスは、一目みただけでその広大な空間が見渡せる解放感がある。1930年代の工場建築を再利用した天窓からは明るい光が差し込み、建築家の事務所、そして建築家が設立したSOS (School of Sostainability)を明るく照らし出す。

オフィスからは、ここで働く40人の人々と50本もの植物との共存がいきいきと感じ取れる。テラスに置かれている小さな菜園では、この時期になるとルバーブ、ネギ、パセリ、セージ、ローズマリーが栽培されている。トマト、ナス、ピーマンの収穫も間近だ。さらに、施設内には、かつての工場が現存していた1930年代に植えられた藤の花がまだ残されている。

竹製の机、植物に優しい照明を備えたアルテミデのGople(照明)、イチジク、椰子、ストレリチア、バナナ、ドラセナの木々が作り出すジャングルがあるかと思えば、その中に建築家のさまざまな代表作 – ユニポルタワー、サン・ラッファエレ外科救急センター、ペッチョーリ市のセンツァ・テンポ新宮殿、そして、2022年ミラノサローネの展示デザイン “Design with Nature”など – の模型が飾られている。

さらに、建築家自身のスケッチや見取り図、建築とともに生まれたイスや照明などのオブジェクトも複数展示されている。中でも、磁器でつくられた食器は、古代エトルリア人が描いたとされる動物の絵をあしらっている。動物の絵が描かれたこの壺は、ミラノに開館したエトルリア博物館のプロジェクトのインスピレーションになった。グアステッラ風の花瓶も、クチネッラが生み出した”Building Objects”に欠かせない重要な作品の一つだ。黒粘土を用いた3D印刷で製作されたこの作品は、レッジャ=エミリア県・グアステッラ市に設置された幼稚園「La Balena」の形を小さな花瓶を用いて表現している。

 「あらゆる建築は、社会全体のため、すべての人のためにある」

彼の建築家としてのポリシーは、社会のさまざまなニーズや規制を包括できる建築のあり方を追求し続ける姿勢に現れている。改革には、常に困難が付き物だ。しかし、クチネッラは、今の段階で前向きに改革に取り組めば、必ず今後2世代以内に建築のあり方を見直す、大規模な意識改革が起こると確信している。

「自分自身を一番の建築家だなんて思っていないし、そんな肩書きも必要ない」

クチネッラは、穏やかな口調で自身についてこう語る。時折指で空や机に円を描きながら語る彼の姿は、自然に溶け込む彼の建築作品のようにシンボリックだ

「建築を理解するには、その歴史を少しでもかじっていればすぐに分かる。人間の歴史において、建築は常に文化、地域、そしてその場所の気温など複数の要素が絡まり合う複雑なものだった。今日、我々が目にしている建築は、グローバリズムによって没個性化してしまった建物に他ならない」

学生の頃から、クチネッラは現代の他の建築家の潮流とはかけ離れた視点を持っていた。クチネッラは、彼の学生時代に主流であった近代建築に対して、違和感のようなものを感じていた。

「ここ20年の間、地球規模で経済はますます発展した。誰もが経済的な豊かさに夢中になり、それを手に入れるべく誰しもが必死だった。でも、僕自身は、このある種の「夢中さ」に違和感を抱いていた。特にヴァナキュラー建築を専攻していた僕にとっては、地域の民族性や風土を無視した近代建築には、一部の例を除いてほとんど興味を持てなかった。

 

当時、ブームだった近代建築と元々その土地に根付いた建築は何の歴史的な連続性もないように思われた。時々、旅行をするとそのような「とんでもない」建築に出会うことがあって、その度に「この建築の設計者は、この土地にどんな歴史や風土があるのか多分全然わかっていないんだろうな。」と思っていた」

サスティナブル建築の基礎:循環性

「循環性」(Circolarità)は、持続性のある建築に欠かせないコンセプトの一つだ。建築物の建築、利用というサイクルの中でこの循環性を高めていく第一のステップが、建築材料の削減だ。建築材料そのものを削減するためには、3通りの手法がある。

まず、第一に建築材料の廃棄とリサイクルにおけるプロセスを見直すことだ。クチネッラが2022年に設計したミラノサローネの建築では、原材料のリサイクルを実現している。この建築に用いられた原材料はその地域(ミラノ)において生産され、現在はその保全に向けて、都市全体が取り組みを続けている。さらに、ガスや石油に代わるサプライチェーンを検討し、消費量を削減することも無駄遣いを防ぐために不可欠だろう。

2点目に、地域の自然環境と建築材との融合が挙げられる。その一例が、2016年にフェラーラに建設されたArpae(州立環境エネルギー局・フェラーラ支部)だ。一階建ての建築には太陽光パネルがはりめぐらされ、112枚の木製フレームに覆われている。本建築プロジェクトのモデルとなっているのが、パキスタン・ハイデラバードのバードギールの建築原理だ。

2021年に出版され、建築家自身の旅の記録を記したクチネッラの自著『未来は過去への旅 -10つの建築物語-』では、このバードギールをはじめ、さまざまな都市と建築の記録が綴られている。本書において、建築家は、古来から続く方法で自然との調和を図る地域、そして前進的かつ積極的に自然環境との融合を図ろうとする二種類の地域に着目した。とりわけ後者のような地域について、クチネッラはイタロ・カルヴィーノの代表作『見えない都市』(1972年)を引用し、次のように語る。

「(イタロ・カルヴィーノによる)『見えない都市』は、建築家たちが切磋琢磨する時代を表現している。物語で描かれている都市は実際には実在しないが、物語を通して、読者は人々の関係性や繋がり、互いに協力し合いながら生きていくための知恵に触れることができる』

木製フレームのおかげで、Arpaeは夏でも涼しい空間を作り出す。また、冬になれば建物は温室のような役割を果たし、室内の温度を暖かく保つことができる。このように、自然に調和した仕組みを用いることで、建築材料を最小限に留めながらも機能性に優れた建築を生み出すことが可能なのだ。しかし、このような「素材の最小化」は、今日に至るまで長年建築家たちの頭を悩ませてきた課題だった。建築、とりわけ公共建築の建設には、常に法的な問題が浮かび上がるのだ。

「公共施設の建設には、一般的に法律によって空気循環や温度管理設備の設置が厳密に義務付けられている。設備数を制限したために館内の温度や環境が多少不安定になるという懸念点はあるが、今回、Arpaeのプロジェクトを通じて、私たちチームは何とか管理設備の絶対数を減らすことに成功した。似た事例にUnipol社の高層ビルがあるが、このビルの最上階には冷房も暖房も設置されていない。こうした建築の短所としては、私たち自身が自然そのものの環境に慣れなければならない、という点にある。例えば、冬なら最大19℃、夏なら26℃…と、必ずしも快適とは限らないかもしれないが、かといって耐え難いものではないだろう」

サスティナブル建築のあるべき姿とは

持続可能な建築を実現するには、現在の建築を取り巻くさまざまな規制に変革を起こさなければならない。

「エネルギー利用に依存した現代とは異なる文化や生き方を、私たち全員で見出していく必要がある。それには、地域ごとの気象データを丹念に読み解き、そのデータを創造的に実際の行動に変換していく力が必要だ。Tecla(テクラ)で私たちが挑戦しているのは、まさにそのような取り組みだと言える」

テクラ(Tecla)は、約60平方メートルほどのゼロ・エミッションの家だ。この家の特徴は、現地の土壌を使用し、3D印刷によって72時間という極めて短時間で建設されたという点にある。この建築では、原材料にその土地の土を使うことで、従来必要であった材料の輸送に関わるエネルギー消費量を間接的に制御することに成功した。エミリア=ロマーニャ州・マッサロンバルダ市を拠点とする3D印刷業界トップ・Wasp社とのコラボレーションによって実現した本プロジェクトは、3D印刷技術の活用を通じて、エネルギー消費を限りなく抑えた建築を実現できる証左である。

もちろん、エネルギー消費の削減を目指すクチネッラの挑戦は、Teclaに留まらない。

「現在、新たなパートナーとの協力体制のもと、現場で採取した土の表面に天然繊維と添加剤を加えた混合材を開発している。この混合材は、さまざまな気候に対応でき、建築基準法も満たしていることから、今後セメントを取って変わるかもしれない」

 「クリエイティブ」であることの重要性

持続性のある建築を実現する上で、クチネッラが中でも重視しているのは、常に創造的であることだ。建築の領域のみならず、クチネッラはあらゆる創造的・革新的な活動を常日頃から注意深く観察している。

例えば、1980年代に誕生したトスカーナ州・スカピリャートごみ処理場とのパートナーシップは、彼自身の建築事務所にとっても重要な取り組みの一つだ。近年、数千万ユーロの価値に匹敵する資源を生み出す仕組みを作り上げたスカピリャートごみ処理場では、地元のピッチョリ市民自らが処理場と太陽光発電事業の株主となることで、町の活性化に貢献している。

また、トレンティーノ=アルト・アディジェ州原産の木材はエコシステムの仕組みを見事に体現している。

クチネッラは、建築、そして世界の未来について前向きだ。彼は、これまで自らプロジェクトで活用してきた優れた素材を、今後若い世代がさらに活用していくだろうと強い期待を寄せている。実際、クチネッラの建築事務所では、このような素材の研究活動に携わる部署が存在する。その研究成果の一部は、次の通りである。

  • サレント大学とプーリャ州・レッチェPaper Factore社との共同プロジェクト:張り子2.0を用いた壁材を開発。
  • ピエモンテ州・トリノ | Re Mat.社:ポリウレタンのリサイクルと再生。
  • ロンバルディア州・ヴァレーゼ県 | Mogu社:菌糸体を用いた防音素材、防音壁の開発。
  • フランス | Scale社:魚鱗を用いた石と似た材質を持つ素材を開発。

また、「活動的な」材料を用いた素材の調査結果も非常に興味深い。

例えば、サン・ラッファエーレ病院の日除けが挙げられる。チタン分子を含むこの日除けは、空気中の汚染物質(スモッグ)を吸い取る役割を担っている。

最後に、Flexiaの照明コレクションは、クチネッラ自身のArtemide社とのコラボレーションによって実現した。特許に基づく光周波数によって、この照明はその空間の抗菌効果を高める。

「私たち人類には、心のどこかで自然を守る意思があると思う。見えにくく、それが形になるまでは時間がかかるかもしれない。しかし、このような人類の意思は現在我々が抱えている矛盾を解消し、より我々人間と自然環境にとってバランスの取れた世界に変えていくことができると信じている」

未来の建築の展望

最後に、クチネッラはこれからの建築のあり方について、次のように語っている。

「ガラス一面の高層ビルの時代は、すでに過ぎ去ったというのが僕の意見だ。今日、もしパフォーマンス性の高い建築を建てたければ、すべてがガラス張りな建築はほぼ時代遅れではないだろうか。一面のガラスに取って代わるのは、最低でも70%は不透明なガラス素材ではないだろうか。そして、こうした傾向を僕自身はポジティブに捉えている」

クチネッラが語ったサスティナブル建築の循環性と創造性を、日本でもできる部分から取り入れていくことが求められているのではないだろうか。

(Photo via Mario Cucinella)