人の手や足が入ること、入らないこと

仕事で森や里山の再生作業に関わることが増えて、人間という種の生き物としての土圧の強さを実感することが増えた。山の斜面を登ると四つ足で駆けたくなる衝動がおさえられなくなり、自分の内に四つ足の記憶が確かにあると感じずにはいられないのだが、それでもやはり人は二足歩行の大型哺乳類だ。だからこそ、昔の人たちは大地の大切な要所や水脈を人が踏み荒らしてしまわないように、祠をたて、神をまつり、禁足地としたのだろう。

宿坊の方いわく、大山さんも神山として入山が禁止されていたため、植林はおろか、ほぼ人の手が入ることはなかったそうだ。約1,700mという標高が生み出す独自の植生や水を湛える広大なブナ林は、2万年前の地殻変動と大山信仰をひらいた金蓮上人のコラボレーションによる恵みなのかもしれない。

古代出雲、たたら製鉄、そしてスサノオ

しかし、人の手が入っていなかったというのは奈良時代の開山以降の話であり、さらに時をさかのぼれば、ここ古代出雲國は「たたら製鉄」により栄えた地である。だから、その頃周囲の山々は製鉄のために切り拓かれていたはずだし、現に大山のブナ林には炭焼きの跡も残っている。そしてそこには、須佐之男命(スサノオ)の痕跡が見え隠れするのだ。

歴史学者の瀧音能之氏は、スサノオの伝承が記されている飯石郡や大原郡、仁多郡の三郡は製鉄が行われた砂鉄の産地であり、スサノオはその製鉄集団を束ねる産鉄の神でもあったのではないかと言う(瀧音, 2003)。

また、今回の訪問では現地の方から「スサノオは古代の自然科学者だったのではないか」という興味深い説も伺った。スサノオが渡来した際には、すでに鉄が伝播しており、製鉄をし過ぎて山河が荒れ、肥河(甲斐川)の氾濫(あるいは鉄穴流し)によって流域の稲田が壊滅する災害(= クシナダヒメが大蛇に飲み込まれる)が起こるような状況になっていた。そこで、高度な製鉄技術と共に、自然環境や生態系を深く洞察した治水や植林の技術によって八岐大蛇(ヤマタノオロチ)なる暴れ川を治め、持続可能な林業を築き、国づくりをおこなった(当時、鉄穴流しはそのまま国づくりだったという(真弓, 1988))。それがスサノオだったのではないかという仮説だ。

もちろんこれは諸説あるなかの一説だが、そんな風に見てみると、大和神話のスサノオ像からだけでは見えてこない痕跡——あるいはこの地に宿る何か——が、少しだけ、でも確かに、ぐっと迫ってくるように思う。

製鉄のために森を削り、はげ山となったところを水流で土砂を流し、砂鉄を採取する鉄穴流し。炉で燃え盛る炎や流れ出す鉄滓(てっさい)。そこには古事記に記されているような、”ほおずきのような赤い目を持ち、身体には苔や檜や杉を生やし、腹は血にただれた”ヤマタノオロチの姿がはっきりと見えてくる。そして山から川、海へとつながる一連の生態系連環の営み(大山さんの山頂から海までわずか20km程度)の中で、自然環境と向き合う古代の人々の姿があったのかも知れない。

大山自然歴史館にて

田んぼも畑も、大山さんのおかげでうまくいく

話は変わるが、大山信仰は、奈良時代に玉造の猟師(のちの金蓮上人)が金色の狼を追いかけてこの地までやってきて、地蔵菩薩と遭遇したことがはじまりだそうだ。それ以来、生きとし生けるものを救う地蔵信仰と水への信仰が結びついた「大山信仰」、そして大山牛馬市の「牛馬信仰」などと相まって多くの人々に大切にされてきた。今でも地元の方は「大山さんのおかげ」と口々に語り、手を合わせるのだという。

大山の行者道では多くの地蔵菩薩と出会う。中には自然石に掘られた地蔵も

「田んぼも畑も、大山さんの湧水のおかげでうまくいく。」現地のおじいちゃんがぼそっと言っていた。湧水地でみた苔たちが物語る豊かさと、安定した水量。分解が遅く分厚いブナの腐植土や地下水脈を抜けてポンプのように山肌から滲み出ていく湧水が今でも地域の暮らしを支えている。

全てつながっているのだ。先日、筆者が主催している「あいだの生態系研究所 vol.13 水圏環境の基礎生産における鉄の重要性」のセッションでも扱かったが、ブナをはじめとする落葉広葉樹の落ち葉が腐葉土になる時にできるフルボ酸は、土中の鉄と結合しフルボ酸鉄となる。このフルボ酸鉄が川から海へと流れ込んでいくことで、海の森とも言える植物プランクトンが増え、沿岸生態系の基礎生産性が高まり、海藻類や魚介類などが育っていく。森は海の恋人の畠山さんも仰っている、豊かな海が豊かな森を必要とする理由の一つである。

山肌からポンプのように滲み出ていく水源の湧水

集落を流れる湧水に漂う梅花藻。鳥取県でも準絶滅危惧種に指定されている

現代の神話の担い手が求められている

だが、こうした豊潤な大山山麓においても、人と自然を切り離してきた機械論的文明による開発の影響は免れず、山の保水力の低下や土中環境の悪化などが進行しつつあるという。
大山周辺には近代文明の象徴とも言える巨大な砂防堰堤がいくつも存在する。実は前編に登場した元谷でも、唯一気がかりだったのが雪に埋もれていた巨大砂防ダムだ。勘のいい読者は、先の写真にうつっていた堰堤の存在にすでに気づいていたかもしれない。

特定非営利法人地球守の高田宏臣氏いわく、近代的な砂防堰堤はここ百年で日本の豊かだった山河をまるで別のものに変えてきたという。現代のインフラを守るために構築された堰堤が将来の大災害の危険を孕んでいる可能性があると警鐘を鳴らす。

崩れやすい安山岩から成る大山には巨大砂防ダムが複数存在する。周囲をまわると堰堤の多さに驚愕する。土石流を防ぐためとされているが、堰堤が上部岩場の乾湿風化を促進し、崩壊を加速させている可能性もあるという。繰り返し崩壊・堆積した細粒化した粒子は、川底からの湧水を詰まらせ、山河の呼吸をつまらせる。撮影は5月。

ヤマタノオロチは、もはや過去の神話でも人ごとでもない。今こそ、高度な自然科学の理解と技術を持って、自然の理を深く洞察するスサノオ的視座を持って、社会分断を加速することなく、現代文明の軌道修正をはかっていくことができるかが社会のいたるところで、問われている。

とはいえ、現代は一人のスーパーヒーローの時代ではない(スサノオも一人ではないが)。一人のカリスマだけでなく、また、各専門領域のプロフェッショナルだけでもなく、スサノオ的な視座をもったあまたの市民が自らオーナーシップを持って立ち上がり、同時多発的に世界に働きかけ、実践を広げていくことができる時代だ。。だからこそ、風水や風土を読み、感受し、手を入れていく再生者としての知恵と実践をつなぎ、紡いでいかなければならない。現代における神話の担い手が求められている。

島根半島の東端、美保の関にて雲海から出づる朝陽。スサノオが詠んだ日本最古の和歌「八雲立つ出雲」が聴こえてくるようだった。

次なる旅路へ

今回の訪問は、「食とアニミズム」の研究・執筆をされている玉利さんと共に、奥大山の後ろ戸(森羅万象への入口)を探るべく、鳥取県江府町でプラネタリーヘルス拠点構築を進める株式会社tenraiの桐村里紗さんにお招きいただき、そしてスサノオ的視座から大山山麓に人々をいざなわれている一般社団法人 Bisui Daisenの大原徹さん、秋元大さんに現地を奥深くご案内いただき実現した。

そして、今回の訪問の続きは、筆者が企画・運営する「あいだラボ」のフィールドワークとして開催することとなった。「裏日本式プラネタリーヘルス」をテーマに、スサノオをロールモデルとした自然の摂理への洞察を深め、リジェネラティブなリーダー(再生者)としての生き方や実践、あわい的新文明構築への糸口を探っていく。さて、次はどんな扉がひらかれていくのだろうか。

前編はこちら

参考文献等:
・瀧音能之著『「出雲」からたどる古代日本の謎』(青春出版社, 2003)
・真弓常忠著『古代の鉄と神々』(学生社, 1988)
・岡本雅享著『越境する出雲学』(筑摩書房, 2022)
・あいだの生態系研究所 vol.13 水圏環境の基礎生産における鉄の重要性-沿岸生態系の物質循環と再生- https://aidalab-ea-13.peatix.com
・【あいだラボ・鳥取大山フィールドワーク】裏日本式プラネタリーヘルスと生態系再生 ー失われた身体知、水と鉄、そして素戔嗚ー https://aidalab-fw-8.peatix.com/view
・あいだの探索・実践ラボ https://aida-lab.ecologicalmemes.me