地域経済をテーマに、都市と地域を媒介する

呉氏が編集長を務める『NewsPicks Re;gion』は、「競争から共創へ、地方から地域へ」を掲げて活動するメディア。2021年7月に本格始動して以来、『NewsPicks』が培ってきたアセットやナレッジを活用し、「地域経済」をテーマとしたさまざまなコンテンツの企画・発信を行ってきた。

NewsPicks内の「地域経済」をテーマとしたさまざまなコンテンツたち

「地域経済」をテーマに、さまざまな特集記事がNewsPicks内のページに更新・アーカイブされている。2022年10月には、音声番組『Re;gion Radio』の配信も開始。毎回ゲストを招き、地域経済のリアルを学ぶ内容を発信している。

Newspicks Re;gionを立ち上げた経緯について、呉氏はきっかけとなった実体験を振り返りながらこう語る。

呉氏「以前福岡を訪れて、現地のスタートアップコミュニティを取材したことがありました。当時はNewsPicksの広告事業を担当しており、東京のスタートアップコミュニティを取材する機会が多くあった私にとって、それはとても新鮮な体験でした。

何より、東京とは全く異なる種類の熱量、そこにしかないエネルギーを全身で感じたんです。それに手応えを覚えるとともに、地域にある活動や情報をここだけにとどめず、自分が媒介となって全国に流通させたいと感じた瞬間でもありました」

調べや考えを進めていくうちに、「都市で成功を収めることが全てではない」という事実に改めて気づかされたという。

地域だからこその活躍を遂げているプレイヤーも次々に発見し、そうした人々やそこにある知見を伝えるためのメディアをつくりたいと、より強く感じるようになっていった。

呉氏「構想を進めていく中で気づいたのは、地域と都市、あるいは地域と別の地域を媒介するメディアが非常に少ないということでした。たしかに、その地域ごとに数多くのメディアは存在しています。ただ、それらはその地域のローカル情報を、その地域やエリアで暮らす人々に向けて発信するために運営されていることが多い。もちろん、地域の情報インフラとしてそうしたメディアの存在はとても貴重なものです。

一方で、地域と都市、地域と地域を媒介しながら、人や情報の流動性を高めていくことにもまた、メディア活動は貢献できるはずだと考えるようになりました。それが実現できれば、地域の垣根を超えた、より良い関係性や機会を一つでも多く生み出せるはず。メディアだからこそ、解消できる地域の課題も数多くあるはずだと考えたんです」

メディアとして「みんなで持ち寄る」場所をつくる

同メディアの取り組みは、情報発信だけにとどまらない。コミュニティ形成や企業共創のコーディネートなど、人と人を直接つなぐ活動にも注力し続けている。活動の一つが地域経済創発プロジェクト『POTLUCK YAESU』の立ち上げだ。「地域経済におけるイノベーションエコシステムの実現」を目指す同プロジェクトは、三井不動産との連携で2022年12月にスタートした。

プロジェクトの拠点となる東京ミッドタウン八重洲5階のパブリックスペース『POTLUCK YAESU』のイメージ図

プロジェクトの拠点となる東京ミッドタウン八重洲5階のパブリックスペース『POTLUCK YAESU』のイメージ図

2023年3月には同スペースの開業を記念したイベント『POTLUCK FES』を開催。「地域経済にまつわる主要プレーヤーが一堂に集まる交流会」と題し、都市・地域のそれぞれから合わせて約600人が参加したという。

情報発信だけでなくコミュニティ形成、それもリアルな場づくりや機会創出に力を注ぐNewsPicks Re;gion。その背景には、呉氏がこれまでに感じた課題、そしてそれをメディアの力で解決したいという動機があった。

呉氏「地域で活動する人々がいわゆる都市、あるいは別の地域の人々とのより広く深いつながりを求めていることは、身をもって実感し続けています。その上で、情報の流通だけでは、メディアとして貢献できる範囲に限りがあるとも感じてきました。

たとえば、広く伝えたいと感じた地域の取り組みや考えを発信しても、どうしても『マス』なネタに埋もれてしまい、思うように届けられないことがある。また、私たちが地域へ足を運んで感じた熱量や鮮度を伝えることにも、どうしても限界があると感じる場面が、何度もありました。

そこで発信だけでなく、コミュニティ形成や場づくりにもより取り組みたいと考えるようになりました。より本質的で意味のあるつながりや関係性をつくるためには、いわゆる一次情報を交換できる、リアルな接点を生み出すことが欠かせないと感じているからです」

「Potluck」という単語には、「みんなで持ち寄る」という意味が含まれる。全国から意見やアイデアを持ち寄り創発できる起点になりたいという考えから、その名がつけられたという

「Potluck」という単語には、「みんなで持ち寄る」という意味が含まれる。全国から意見やアイデアを持ち寄り創発できる起点になりたいという考えから、その名がつけられたという。

Newspicks Re;gionでは、Potluckの他にも、リアルな接点を生み出す取り組みに注力していると話す。そのうちの一つが、地域経済の可能性を開拓する全国のキーパーソンたちを「Re:gionピッカー」として任命し、新たなコミュニティづくりへとつなげる仕組みだ。

Re:gionピッカーをゲストに地域でイベントを開催したり、Re:gionピッカー同士の交流や共創をコーディネートしたり、同メディアが文字通り媒介となって、各地で結びつきの数を増やし続けているといる。

参考記事:【第一弾】Re:gionピッカー誕生。10名の地域牽引者が就任

選択肢の可視化を通じて「関係人口」増加を後押しする

メディアとして自分たちが持つさまざまな可能性に着目し、多角的にアクションの幅を広げてきたNewspicks Re;gion。徐々に、地域に関する課題への解像度も高くなっているという。

呉氏「以前に比べれば、その地域が抱える課題の解決に取り組んだり、その地域ならではの魅力や資源を活かしたプロジェクトを展開したり、ユニークで可能性のある動きを取るプレイヤーの数は、間違いなく増えたと思います。一方で、Newspicks Re;gionの活動を続けていると、解決されていない地域の課題や活かされていない魅力が、まだまだ残されているとも実感します。

それらのポテンシャルを一つでも多く解放するためには、やはり地域の可能性に目を向け、そこに根ざして活動したいと感じる人、いわゆる関係人口を増やしていく必要がある。Newspicks Re;gionはメディアとして、いま以上にその役割を担っていきたいと思っています」

その役割の一環として、「選択肢を増やすことにも貢献したい」という呉さん。地域での活動に関心を示す都市、または他の地域の人々が、少しでも最初の一歩を踏み出しやすくなるためには何が必要か。そのためにメディアが発揮できる価値は何かを考え続けていると、言葉を続ける。

呉氏「たとえば、生活拠点ごと都市から地域に移すことにハードルを感じる人も、まだ数多くいると感じます。それが活動を始める足かせとなり、結果として地域のポテンシャルが解放されていないのだとしたら、それは大きな機会損失であり、もったいないことです。

そうしたハードルは、プレイヤーにとっての選択肢が少ないこと、もしくは選択肢が十分に可視化されていないことによって生まれている可能性もあります。たとえば、いわゆる移住をせず、生活拠点は都市に持ったまま、地域の活動にコミットメントする方法も数多く存在しているはずです。

世の中にある選択肢を可視化していくこと、あるいは新たな選択肢を生み出していくことに、より一層力を注ぎたいと考えています。単なる情報流通だけでなく、地域と都市それぞれの文脈を伝えていきながら、人と人の縁が結ばれるきっかけをつくっていく。Newspicks Re;gionというメディア活動を通じて、そうした機会創出に貢献していきたいです」

拡散と集合、その両方を担うことで地域と都市をつないでいく

「選択肢が少しずつ増え、地域との関わりしろが広がっていくことは、自身の新たな可能性に気づいたり、変容したりする人が増えることにもつながるかもしれない」

メディア活動を通じて地域とより広く深い関わりを持ち、その度に自身の変化を感じてきたという呉氏。メディアが担える役割の大きさを実感するようになっていった。

呉氏「先ほども触れたように、関係人口を少しずつ増やしていくことが、地域の可能性を解放する鍵になると感じています。一方で、いくらその地域が賑わっていたり、自然にあふれていたりしても、なかなか増えていかないものだとも実感してきました。

繰り返しになりますが、肝心なのはやはり『人と人同士の良い関係性』をどれだけ多く生み出せるかだと思っています。そこにいる人と一緒に活動したい、力になりたいと思うからこそ、その地域のために活動しようと思えるはずなんです。

そうした関係性をつくっていくこと自体が、メディアの役割なのだと考えています。コンテンツによって人のことを伝えて拡散する、コミュニティによって人を集めて結びつける。その両方を担うことで、メディアの可能性もまた解放されていくのではないでしょうか」