リビングラボとは

リビングラボの意味

リビングラボとは、「生活空間(Living)」と「実験験室(Lab)」を組み合わせた造語。市民・社会を中心に据えて、製品やサービスを開発していく新しいイノベーション創出の考え方や、その活動拠点のことを指す。リビングラボでは、ユーザーである市民が社会課題を発見し、ニーズをもとにしてサービスを開発し、実装と改善を繰り返していく。

リビングラボの歴史

経済産業省によると、社会の多様化と社会課題の複雑化により、1980 年代後半、イノベーションには生産者側のロジックではなく生活者の視点が不可欠であるという「ユーザー主導型製品開発理論」が提唱されたという。

厳しい要求を持つ質の高いユーザー・コミュニティがある欧州でこの理論は注目され、1990年代半ばには、イノベーションを組織外で展開して新しい価値を生み出す「オープンイノベーション」が提唱された。リビングラボは当初はそのプラットフォームとして、異なる強みを持った企業、行政、市民が共創する社会実験の場として誕生した。

その後、欧州では各国の政府の施策としてリビングラボ構築が主導され、2006年にはEUの議長国であったフィンランド主導により、欧州リビングラボ・ネットワーク(通称:ENoLL)が設立された。ネットワークができたことにより、例えば欧州で開発された商品が他の地域の市民のニーズに合うか、といったテーマの検証を行うことができるようになった。

日本では 2010年代頃から海外のリビングラボ事例が紹介されたものの、大きな広がりはなかった。その後2015年のSDGs採択や 2018 年のデザイン経営宣言などの社会や経済の動向もあり、概念の普及と活動の拡大が始まっている。2019年には、経済産業省が「リビングラボ導入ガイドブック」を発行し、リビングラボの導入を呼びかけている。木村(2021)によると、2021年時点で国内に60以上のリビングラボがあるという。

リビングラボが注目される背景

リビングラボの意義

不確実性の高い現代においては、市民のニーズや抱えている課題も多様化し、ますます複雑になっているため、市民が満足するサービスを生み出すことは容易ではないと言える。

そうした中で、従来は開発の主体の内部にあった機能を市民の近くに置き、市民とともに開発に取り組んでいくことで、効率的にニーズに応えるサービスや製品を開発することが期待されている。

従来の製品やサービスの開発は、企業などの開発の主体となる組織の技術やアイディアをもとに行われてきた。もちろん、これまでにも「ユーザーテスト」やデザイン思考における参与観察のように、企業が実際のユーザーである市民の声を取り入れようとする取り組みは行われてきている。ユーザーの意見を聞きながらイノベーションを生み出すという点は、こうした取り組みとリビングラボは似通っていると言える。しかし、こうした取り組みはあくまで企業が主導のものであり、市民の継続的な参画は想定されていない。それにより、必ずしも市民の生活実態に基づいたものにはなっていない場合もある。

これに対して、リビングラボは、あらゆる開発の段階において市民が中心的な役割を担っている。また、市民が開発の初期段階で意見を伝えるだけではなく、継続的に参画しながら、実際に企業とともに主体的に活動しながらイノベーションを目指していく点も特徴となっている。

少子高齢化や過疎化といった様々な問題を抱えている一方で、人口減少による財政難により行政サービスが縮小している日本社会において、市民が主体的に自らの生活の課題を解消しようとする動きはますます重要になるだろう。

リビングラボのメリット

リビングラボには、各ステークホルダーにとってメリットが存在する。活動の主体となる市民にとっては、生活に密接に関わるサービスや開発に考えを反映させ、主体的に自分自身の抱える課題の解決に取り組み、自身の生活の質を向上させることができる。

企業は、ニーズに即したサービスを効率的に開発することができ、開発の初期から市民からの意見やフィードバックに触れ、改善を繰り返すことができる。企業にとっては、スピード感のある開発を実現でき、コストカットにもつながりうるというメリットがある。

また、ユーザーとなる市民と長期的な関係を築くことができるため、従来であれば見つけることのできない潜在的なニーズに触れられる可能性も高い。

リビングラボのデメリット

一方で、リビングラボは、ステークホルダーが多く存在することによるデメリットもある。参画する人が多くなるほど、結論を生み出していくことの難易度は上がり、常に想定していたイノベーションが起きるとも言えない。あくまで実証実験の場であるので、最終的なアウトプットやそこに行き着くまでのスケジュールを想定しにくいという特徴がある。

また、サービス開発の過程では、情報が機密事項として管理されることが多いが、多様なステークホルダーが参画する中で、情報漏洩のリスクをどのように回避していくかも問題になりうる。さらに、誕生したアウトプットの知的財産権をどのように分割するかという問題も難しく、慎重に検討する必要があるだろう。

リビングラボの事例

鎌倉リビングラボ

鎌倉リビングラボは、鎌倉市民や鎌倉市今泉台町内会、NPO法人タウンサポート鎌倉今泉台といった市民が中心となって活動しているリビングラボだ。高齢化が進んでいる鎌倉市今泉台を、若者にとって魅力のあるまちにしたいという想いからプロジェクトがスタート。

ハウスメーカーの企業なども参画し、今泉台に住みながらビジネスでも活躍できる環境づくりの1つとして、「テレワークしやすい家具をつくる」をテーマに活動を行った。活動の運営に携わっているのが、東京大学高齢社会総合研究機構と高齢社会共創センターであることも特徴だ。

東京大学高齢社会総合研究機構と高齢社会共創センターは、各ステークホルダーをつなぐ全体のコーディネーターとしての役割を担っており、意見やアイデアが出やすい場づくり、評価・分析等の多様な手法を用いて活動を推進するファシリテーターの役割も担っているという。

横浜市のリビングラボ

横浜市では、以前より地域の高齢者や主婦が町内会活動を担っていきていたが、多様な主体が参画することの重要性から、リビングラボの活動が始まった。これまでボランティアとしての参画が難しかった地域の企業が、ビジネスの視点を持って地域と関わることができようになっているという。

現在は、10地区以上で、各地域の実情に合わせたリビングラボが展開されている。例えばSDGs横浜金澤リビングラボでは、地域で廃棄される海藻の肥料としての活用、地域で栽培された野菜を使った地産地消型の地域産品づくりなど、地域資源を活かしたプロジェクトに取り組んでいる。

リビングラボの課題と展望

このように、リビングラボを活用した開発は今後ますます重要になる。一方で、リビングラボの運営をしていく上では課題もある。特に重要なのは、ユーザーとなる市民の参画をどう促していくのか、という課題だ。

市民はリビングラボの中心を担う存在である。自分自身の生活をよりよくしていくことができるというメリットはあるものの、サービス開発や自主的な活動に馴染みのない市民にとっては、参加のハードルは高いだろう。どのようにして市民のモチベーションを引き出し、主体的に活動する土台をつくるかは、リビングラボを運営していく上で取り組むべきテーマとなっている。

また、多様なステークホルダーが参画するからこそ、その意見をまとめていくことも必要になる。そのため、リビングラボにおいては、ステークホルダーの間に入って調整をするコーディネーターや、話し合いを促進するファシリテーターの役割も欠かせない。そうした役割を担う人材にどのように参画してもらうか、あるいは育成していくかも重要な論点だ。鎌倉リビングラボのように、研究機関が関わる事例も存在する。

リビングラボの取り組みが発展すれば、市民のニーズに応えるサービスや製品を市民が自らの手でつくりだしていくことが可能になっていく。日本でも、多くのリビングラボが活動を始めている。ぜひ身近な地域での取り組みに注目してみてもらいたい。


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