シビックテックとは

シビックテックとは、シビック(市民)とテクノロジー(技術)を組み合わせた造語であり、市民がテクノロジーを活用して、自分たちの生活における課題の解決を目指す取り組みや考え方のことを指す。行政サービスが縮小していく現代社会において、市民が主体的に必要なサービスや機能をつくりだすことは重要になるため、これからますます注目される取り組みだ。

シビックテックの歴史

世界におけるシビックテック発祥の経緯

シビックテックの歴史を遡ると、発祥はアメリカだという。アメリカ政府は、長期にわたって多くの予算をかけて行政サービスを提供してきた。しかし2000年代以降、多様化する市民の要望をかなえることが困難になっていった。

そこで、オライリーメディア社の創始者ティム・オライリーは、多くの社会課題に向き合い、新たなサービスの創出を目指す「ガバメント2.0」を提唱したという。利用者の視点に基づく行政サービスづくりを市民に任せて、政府や地方自治体は行政サービスの提供に関わるルールや円滑な運用を実現するためのプラットフォームをつくることに専念すべきという考え方だ。

こうした状況の中、オバマ大統領は就任直後の2009年に「透明性とオープンガバメントに関する覚書」を公表している。これにより、国や自治体が保有しているデータは、利用者である市民が自由に活用できる形式で公開されるようになり、市民参加型のオープンガバメントへと発展していくきっかけとなった。

こうした動きを受けて、「Code for America」という米国の非営利団体がシビックテックの先駆けとして活動を開始した。「Code for America」は、1年間の期間限定でITエンジニアを雇用し、政府や自治体に派遣しするサービスを提供していった。派遣されたエンジニアたちは、政府や自治体のスタッフから課題や問題点をヒアリングし、ウェブサイトやアプリを開発する。1年間限定で参加する点がポイントになっており、属人的になりやすいコミュニティ形成や信頼関係構築においても、政府や自治体が継続的に運用できるような仕組みづくりを行っているという。

日本におけるシビックテックの経緯

日本においてシビックテックの先駆けとなったのは、復興支援プラットフォーム「sinsai.info」と言われている。ボランティアで立ち上がったエンジニアたちによって、震災のわずか4時間後に開設された「sinsai.info」には、被害状況や避難所、安否情報や雇用情報などが登録されており、地図上で情報の位置を見ながら閲覧できたという。

その後、2013年からは日本においても「Code for Japan」が活動を開始した。その活動が特に認知されるきっかけになったのは、2020年3月の東京都の「新型コロナウイルス感染症対策サイト」の立ち上げだろう。受注から1日半で完成させたスピード感や、デザイン、使いやすさで評判になった。また、このサイトはソースコードを無償でオープンにしたことにより、約80の自治体に展開されたという。また、現在日本国内には、約80の地域で「Code for X(Xにはそれぞれの地名が入る)」といった名前で活動しているコミュニティが存在する。

シビックテックの重要性

シビックテックの意義

シビックテックの意義の1つは、主体的に社会課題解決に関わり、他者の課題やニーズにも関心をもちながら、あるべき社会について考えようとする市民を増やすことで、より良い民主主義社会をつくっていくことにある。そしてその先で、多様性を包摂する社会の実現が期待できる。行政だけでも、テクノロジーの力だけでも、課題を解決することは難しい。市民がそれぞれの目線で必要なサービスを考え、互いに対話しながら多様な人にとって活用しやすいサービスやシステムを解決していくことが重要になる。

また、シビックテックの意義は、1つの取り組み事例から得た知見を他の地域の課題に応用しやすいことにもある。行政などの公的機関が課題に取り組む場合、知見がオープンにならす、他の同様の課題に応用されることは少ない。しかし、シビックテックによって行政区域を超えたコミュニティが形成されることによって、他の地域での活動へと横展開されていくことや、地域間の連携が生まれることが期待できる。

日本においてシビックテックが注目される背景

現在、日本社会は少子高齢化や過疎化といった様々な問題を抱えている。一方で、人口減少による財政難により、行政は「小さな政府」とならざるをえず、行政サービスだけではこれらの問題に対処できない状況に陥っている。その結果、市民の生活に必要なサービスや機能を維持できなくなってきている地域もある。

こうした状況の中で、地域コミュニティを維持し、市民が協働しながら持続可能な地域づくりを目指すための取組みとして「小さな拠点」づくりや「地域自治組織」が着目されており、市民が主体的に社会課題解決に取り組むことが重視されるようになってきた。そうした動きの1つが、市民がテクノロジーを用いて課題解決に取り組むシビックテックだ。

デジタル庁によるシビックテックの後押し

さらに、2021年9月の「デジタル庁」の発足により、今後シビックテックはさらに広まっていく可能性が高い。デジタル庁は、「誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化を。」をミッションに掲げており、シビックテックにおける公民連携の受け皿として期待されている。

実際にデジタル庁には、シビックテックをリードする職責がおかれており、行政と市民の連携促進や民間でシビックテックを推進するリーダーの育成、市民のスキル開発機会の提供、NPOなどの非営利セクターと連携をするための仕組みづくりなどに取り組んでいる。デジタル庁が行政と市民の連携の間に入って仕組みをつくることで、さらに持続的なシビックテックの活動につながるだろう。

日本におけるシビックテックの事例

金沢市の事例

日本における「Code for X」の団体としては一番歴史が古いのが金沢市の「Code for Kanazawa」だ。金沢市にはゴミの分別法が4種類あり、どのゴミをいつ出すべきかがわかりにくいという声があがっていた。

それを踏まえ、市民のエンジニアが「5374.jp」というアプリを開発した。このアプリに自分の居住地を登録しておくだけで、それぞれのゴミ収集日が通知される。さらにゴミのジャンルをタップすると、その日に捨てることのできるゴミが一覧で表示される。アプリでは「ごみの検索」も行え、サイズや材料に準じたゴミ出しルールも確認できるという。

こうした緊急性の低い課題については、行政の手がなかなかまわりにくい。しかし実際には多くの住民が不便を感じており、ニーズは大きい。このような、ニーズはあるが緊急性は低い課題にアプローチできるのも、シビックテックの強みと言えるだろう。実際に、このシステムは、オープンソースになっており、全国の地域に広がっていったという。

会津市の事例

会津市の「Code for AIZU」の取り組みも特徴的だ。地元企業、自治体、会津大学、学生による緩いつながりのネットワークをつくり、ハッカソンを行うなどの活動をしている。

その中から生まれたアイディアの1つが「会津若松市消火栓マップ」だ。冬場の消火活動の際、雪で消火栓が埋まってしまい、どこに消火栓があるか発見するのが難しいという地元消防団員の声からつくられたアプリである。スマートフォンやパソコンの位置情報をもとに、Google Map上に周囲の「消火栓」と「防火水槽」を表示することが可能だ。 全ての消火栓を表示する、最も近い消火栓へのルートを探す、住所を指定して消火栓を探すといったように、あらゆる状況を想定した検索機能ももっている。

「Code for AIZU」の取り組みの強みは、ボランティアの活動としてだけではなく、ハッカソンをもとにビジネスや事業を生むことを目指し、活動を継続するためのエコシステムをつくろうとしていることにある。

シビックテックの課題と、今後の展望

シビックテックに取り組む上での課題

シビックテックにおいて、「データ」は重要な要素であり、データの多くは行政が所有している。しかし、そのデータが、公開されていないことや、公開されていたとしてもPDFや画像など、活用するには加工が必要な形式になっていることがある。その場合、データを必要とする市民が、加工作業を行っていくことになる。あるいは、アイディアや取り組みたいことはあっても、適切なデータがないために実行できない場合もある。

このように、シビックテックを推進しようとする際に、データが活用できる状態で公開されているかどうかは課題になっている。今後、行政がもっているデータをどのようにオープンデータ化していくかは検討すべき課題となるだろう。オープンデータ化が推進されると、充実した民間サービスが増え、結果的に行政への問い合わせが減り、情報公開にかかるコストが抑えられる可能性もある。

今後の展望

シビックテックにおいて、テクノロジーはあくまで手段であり、市民の主体的な動きや行政への働きかけがあることが何よりも重要である。そのためにはまず、シビックテックの取り組みや考え方が広く市民に周知されることが必要だ。

目の前に課題があるとき、行政に相談しようとするだけでなく、自分たちの力で課題解決できないかを模索していく市民が増えていくこと。そして1つ1つの小さな取り組みが蓄積し、大きなイノベーションへとつながっていくことに期待したい。


本記事で参照した情報