2021年3月18日から3月21日にかけてEcological Memes Forum 2021「あわいから生まれてくるもの 〜人と人ならざるものの交わり〜」が開催された。長く、深いイベントだったため、すべてを語ることはできない。だから、初日のキーノートセッションだった、創造学の研究者である井庭崇氏の講演についての感想だけを少し書かせていただこうと思う。

なぜなら、冒頭に書いた「花の声が聞こえる感覚=気のせい」、それを井庭は見事に説明してみせたからだ。井庭自身も講演のなかで語っていたとおり、確かにまだ発展途中の理論ではあった。だが、この「花の声が聞こえる感覚=気のせい」を井庭は創造学的に明確に理論づけようとしていた。そのことにぼくは大変感銘を受け、勇気づけられた。ではその理論とはどういうものか。

一言で言ってしまえば、「創造は対象側でオートポイエティックに発生しており、制作者はただその結果を受けているだけ」というものだ。驚くべき結論である。つまり、これまで創造主だと考えられていた制作者は創造主などではなく、単に対象内で発生する創造の結果を受けているだけだというのだ。井庭はこのように、創造システムの動きを対象内で発生するオートポイエティックなものだと断言し、創造の主導権を制作者から切り離した。

この理論であれば、ぼくの「花の声が聞こえる感覚」を、神秘主義でもアニミズムでもオカルティズムでもなく、創造システムとして説明できる。創造は常に、花道家のぼくではなく、花の側で起こっているのだ。そしてぼくはその結果を受け止めているだけなのだ。だから花の声が聞こえるのだ。

ここで、人類学者であるエドゥアルド・コーンの理論も思い出したい。コーンが著書『森は考える(How Forests Think)』で語っていたことも井庭の話に重なる部分がある。コーンの理論はつまり、人間を含めた諸存在の動きを「記号過程」として考え、「記号過程のなかで互いの自己が発生する」というものだ。

人間であれ動物であれ木であれ風であれ草であれ、万物は互いにシグナル(音、動き、その他)を発信している。そしてそれを互いが受け取り、互いに変化する。人間の言語だけが特別なのではない。あらゆるものはシグナルによってコミュニケーションし合い、干渉し合っているのだ。そして、この記号過程こそが一般的に「思考」と呼ばれているものであり、だからこそ森は思考するとコーンは言う。この理論でも井庭の理論と同じように、「花の声が聞こえる」という現象を説明することができる。

ただし、一方で、ぼくは神秘主義的な経験も大事にしたいと思う。これは占星術研究家の鏡リュウジによる「経験としてのシンクロニシティ的感動」に態度は近いかもしれない(鏡がこのような言葉を使っているわけではないが、ぼくは鏡の理論をこのようなものだと理解している)。これが何かと言うと、「超越的なものが本当に存在し得るかどうかは別として、それを感じてこの世界に感動してしまう感性は確実に存在する。この、世界に感動する事実こそが決定的に重要なのだ。」という態度である。

なぜぼくが鏡のこの態度を大事にしたいか。それはぼくが花の道へ進むきっかけとなったできごとには、心が震えるほどの感動やシンクロニシティがあったからだ。まるで天に導かれるようにぼくは花の世界に入った。だから、井庭の理論にコーンの理論、そこに「感動」をぼくは加えたいと思う。創造システムが対象側にあるにせよ、その結果を受け取って感動できるのは人間の能力である。

井庭の「創造システム」に、コーンの「記号過程」に、鏡——あるいはユング——の「シンクロニシティ」、この分野の議論はまだまだ深めることができるに違いない。

白状すると、ぼくは昨今話題の「人新世」や「加速主義」などの哲学的議論にはまったくついていけていない。それどころか、ぼくが未熟なせいか、たいした興味すら持てていない。ぼくが扱うにはどちらも話が大き過ぎるのかもしれない。ぼくは単にまいにち花をいけるだけの小さな存在にすぎない。しかし、井庭の講演には久しぶりに知的好奇心を刺激された。もちろん井庭の話を人新世などの議論と比較して小さな話と言っているわけではない。花をいけるぼくだからこそ、すぐ目の前で起こる創造の話だからこそ、まさに身近な話として聞くことができたのだ。

筆者がいけた花。花/深山唐松、千手岩菲・器/ローマンガラス瓶(古代ローマ時代)

引き続きこの議論は追いつづけ、そして理論の探求に参加しつづけようと思う。「主客未分」や「天人合一」──つまり現実と超越(と呼ばれているもの)が混ざり合う場所——こそがまさに花道家としてのぼくの目指す場所であるからだ。


「Ecological Memes Forum 2021」の各セッションの映像は、こちらのサイトで販売されています。本記事で紹介した井庭崇氏の『人と自然が共繁栄していく創造』も販売されているので、ぜひチェックしてみてください。