アメリカの大手スーパー、ホールフーズ・マーケット(Whole Foods Market)をご存知だろうか。有機栽培や産地にこだわり、保存料・添加物を使用しない食材や日用品を揃えて全米展開し、アメリカのオーガニックフードブームに拍車をかけた。値段は、アメリカの他のスーパーに比べると割高。しかし、少しばかり高くとも、安心安全・良質な食品を口に入れたい。そんなこだわりのある自然派・健康志向層に熱烈に支持されてきた。

人気が高まるなか、2017年にホールフーズ・マーケットはテックジャイアントのAmazonに買収される。買収後、Amazonはプライム会員向けの割引制度や、受付から2時間以内に食料品を自宅配達するサービスを開始するなど、新たな取り組みを始めている。2030〜35年には、Amazonが食品小売業界のリーダーになるとの予想も出ている。

一方で、買収から2年が経った今、「Amazonは未だにホールフーズ経営に苦戦している」と、米ビジネス紙のBloombergなどのメディアが報じている。Amazon買収後にノンオーガニックの大量生産品も増え、食品の質が落ちていることが原因のようだ。オーガニックフードとテックジャイアントの組み合わせがしっくり来ていなかった私は、「まあ、そうだろうな」と少し納得して、そのニュースのことは忘れていた。

しかし、先日仕事の関係でイタリア・ボローニャを訪れた際、この議論を彷彿とさせる場所を訪れる機会があった。その名も、「FICO World Eataly」。世界最大の”フード”パークと言われている。

“食”をとことん考えるための体験型テーマパーク

FICO World Eatalyは、地産地消、オーガニックフードの先進国イタリアの「食」をとことん学び、体験できる場所だ。2017年、ボローニャ市と高級食材店「EATALY」が中心となって立ち上げた。ボローニャの中心市街地からは少し離れた、大型モールが林立する郊外エリアに、広大な敷地を構えている。

施設内は、イタリア産の最高品質の特産品を販売する、9000㎡もの巨大マーケットとなっている。デモンストレーション用の農場や牧場、食品工場なども併設されており、IKEAのような広大な施設内を自転車で移動できる。

建物の大きさと駐車場の広さに圧倒されながら館内に足を踏み入れると、「Welcome to FICO World!」笑顔でスタッフが迎え入れてくれた。

ずらりと並ぶ生ハム。肉の種類や熟成期間で、味の違いを比較できる。

イタリアハムを売るお店やジェラートショップ、パスタやチーズなどが所狭しと並ぶ。工場の一部も併設されていて、ガラス越しに作業をする職員を観察することができる。お腹の空いていた私は、ディズニーランドにいるかのようなテンションで、館内を歩き回った。

普段食べているチーズは、どのような環境で生産されているのか。

広い施設内は、レンタサイクルで移動することができる。

「FICO World Eataly」には、大量生産品や安価な輸入品ではなく、小規模経営の食品メーカーが卸した、こだわりの食材が並ぶ。背景には、「EATALY」の創業者Oscar Farinettiのスローフードへの共感がある。

彼は開業前からスローフード運動に共感し、イタリアの小規模経営の食品メーカーと密に連携してきた。彼はその重要性を、ウェブサイトで次のように語っている。

凄まじい速度ですべての物事が進み、ファストフードに飲み込まれつつある現代の社会。一旦立ち止まって、トマトの匂いを嗅いでみてはどうでしょうか。私たちは、ローカルフードの伝統や、食べ物の多様性、職人による質の高い商品を促進する、スローフードに注目しました。

スローフードは、運動家のCarlo Petriniが、1989年にイタリアで始めたムーブメントだ。マクドナルドなど、外資企業による均質的なファストフードが人気を博し、ローカルな食文化が衰退しつつある現状に危機感を覚えた彼は、もう一度、「食べ物がどこから来て、どのような味がし、食文化がどう私たちの社会や環境に影響を与えるのか」を改めて考え直そうと呼びかけたのだ。ファスト(=早い)に対抗する、スロー(=遅い)な食文化。アメリカ発祥のファストフードが一般化し、添加物や保存料が詰め込まれたコンビニ食が日常化した日本でも、無縁ではない話だ。

ガラス越しに、チーズ工場などの生産場所を見学できる。単なるディスプレイではなく、実際に生産者が作業をしている姿を覗けるのが良い。人とロボットの作業分担がどこで行われているかなど観察すると、興味深い。

しかし、「FICO World Eataly」を半分ほど歩き回ったところで、なんだか違和感を感じている自分に気づいた。イタリア産の高級ハムもトリュフもチーズもパスタも美味しいけれど、ピカピカの館内に、綺麗にパッケージされた商品が棚に並び、買い物に疲れた客をレストランが吸い寄せる様子は、よくある巨大スーパーのそれと何ら代わりはないような気がしたのだ。

そもそも、食べ物の匂いも、あまりしない。牧場が併設されている、と言いながら、そこにいたのはデモ用の牛数頭。牧場にありがちなむっとする匂いもなかったし、動物が食肉に解体されるような生なましいシーンも、ない。サインや看板には英語が多く使用され、明らかに観光客向けに宣伝されている。これが、「スローフード」「地産地消」の未来の姿だとしたら、なんとも物悲しい。

施設内には、デモンストレーション用の農場や畑も併設されている。

スローフードと私たちの食の未来

違和感を抱きながらFICO World Eatalyを後にした私は、英紙ガーディアンの記事で、私のほかにも違和感を持った人がいることを知った。ブランディングされた商品やブースが並ぶ館内を、車で郊外まで出てきた大勢の富裕層や観光客が闊歩する。大量消費文化と何ら代わりはない、というのだ。

イタリアの食文化を賞賛する場所といいながら、EATALYの手法は、小規模生産、地産地消なスローフード文化を大切にしてきたイタリアの精神を、受け継いでいると言えるのだろうか

グリーンキャピタリズムという言葉がある。CO2の削減など、環境に配慮したビジネスのあり方を探る新しい資本主義のあり方を指す。しかし蓋を開けてみると、エコ、オーガニック、と言いながら、内実はあまり変化していないとの批判は多い。マサチューセッツ大学の研究者は、「エコな顔を装った資本主義(Capitalism in Green Disguise)」という論文で、ヨーロッパでブームとなっているオーガニック農業の実態が、理想からは遠い事実を暴いている。農場の規模、労働力の使い方、機械化や単一栽培の普及から判断すると、資本主義のなかで発展してきた農業のあり方と大きな違いが現われなかったというのだ。

『フーディーのための資本主義ガイド(A Foodie’s Guide to Capitalism: Understanding the Political Economy of What We Eat)』という本も面白い。著者Eric Holt-Giménezは、近年流行となっているオーガニックやスローフードといった新しいフードムーブメントのなかで、背後にある資本主義の実態を理解しなければいけない、と述べている。

FICO World Eatalyといい、ホールフーズとAmazonの一幕といい、資本主義のなかで「スロー・フード」がスローたり得ることは、なかなか難しいようだ。

ショッピングモール的に集約された環境で、本当の「スローフード」文化は達成しうるのか

私の周りでは、「地産地消」や「スローフード」を強く意識する人たちも、マクドナルドや松屋、コンビニを愛する人たちも、お腹が一杯になればなんでも良いと、食にこだわりのない人たちもいる。

誰が良い悪いという簡単な話ではおそらくない。私たちは食の背景にある仕組みを踏まえ、何をどのように食べるのかを選んでいく必要があるように思う。