家族と暮らす家でも、恋人が待つアパートでもない。飾らない私を受け入れてくれる、唯一無二の空間がある。

揚げ物の匂いとタバコの煙が混ざり合う店内は、少し窮屈で、薄暗い。ポン酒ケースが椅子代わりのテーブル席は、見た目通りの不安定さでお尻がじわりと痛む。

決して快適とは言えないこのお店に私が足繁く通う理由は、看板メニューの台湾ラーメンが美味しいからだけではなく、それを作る“ママ”の人柄が好きだからだ。

私の知らないこの街の一面を、彼女は何でも教えてくれる。

親身ではあるけれど、決して干渉はしない。“行きつけ”を見つけてから、私はこの街のことをもっと知りたいと思うようになった。

街と人と企業がゆるく繋がる仕組み

とはいえ、生活圏内でそんな居心地の良い場所を見つけるのは意外と難しい。便利なコンビニや安価で美味しいチェーン店はたくさんあるが、そういった機能面だけで行く場所を“行きつけ”と呼ぶのは少し違う気がする。じゃあ、本当の“行きつけ”はどうやって見つければいいのだろうか?

時代の変遷に伴って、街からは個人商店がなくなり、飲食店はチェーン店に飲み込まれていく。チェーン店で食事をすることが悪いわけではないが、それが毎回となると寂しい。

たまには近所の昔からあるお店でご飯を食べ、そこで顔見知りになった人たちと少しずつ打ち解けたり、街や人や企業がゆるく繋がる仕組みがあってもいいじゃないか。

そんな考えから生まれたのが、「smilesheep(スマイルシープ)」が、2019年3月14日に誕生した。同サービスは、地域の店舗と企業を結びつけるプラットフォームだ。

仕掛け人は、paperboy&co.(現GMOペパボ株式会社)の取締役、BASE株式会社取締役COOを歴任し、現在は株式会社スタートトゥデイテクノロジーズのGeneral Managerを務める進浩人氏。

同氏が知り合いの企業やお店に声をかけ、福岡のスタートアップ5社と同氏の誘いに賛同した14店舗からsmilesheepはスタートした。

サービスの内容はシンプルだ。公式サイトからsmilesheepの導入を申し込んだ企業の社員は、参画店舗を訪れた際に名刺を提示するだけで、店舗により異なる特典・サービスを受け取ることができる。店舗も同様の手順を踏むだけで、smilesheepの“遊び場”として参加が可能だ。

image:smilesheep Official Facebook

企業と店舗は簡単な審査を経て、無料でサービスに参画できるのも魅力だろう。元手0円で企業はスタッフに福利厚生を提供し、店舗は常連客を生むきっかけを作れる。サービスの利用が活発になればなるほど、自分の暮らす街も活気づいていく。

現在、サービス加盟店は全17店舗。居酒屋やレストランを始め、カフェや雑貨、ヘアサロン、ジムなど幅広いジャンルが集まっている。一方、サービスを福利厚生として導入する企業は現在22社。まずは福岡より開始し、今後は展開地域を拡げることを検討している。

smilesheepが生む“寄り道”が、働く人の生活に彩りを与える

会社員だった頃、アパートと会社を往復するだけの生活を送っていた。仕事終わりに、駅構内にあるコンビニに立ち寄る選択肢しかなかった私は、楽しい“寄り道”を知らなかったように思う。寄り道先は、あればあるだけ面白いはずなのに。

働く人がオフィスだけではなく、その周辺地域にあるお店との繋がりを持つ。smilesheepの価値は、その点でも発揮されるのではないか。

smilesheepをきっかけに訪れたお店で出会った気さくなスタッフや、たまたま隣に居合わせたお客と会話をする。話の内容は仕事の悩みかもしれないし、先週行った楽しい旅行の話かもしれない。トピックが何であれど、自分の話を聞いてくれる人の数が増えるのは嬉しい。

言葉を交わすことはなくても、家では作れないような美味しいご飯を食べたり、普段なら手を出さないアクティビティに挑戦するだけでも、良い気分転換になるだろう。楽しい“寄り道”の積み重ねは、働く人の一日に変化や彩りをもたらしてくれるのだと思う。

お店側にとってもメリットは多い。新規顧客の獲得ができるほか、そのお客が常連になれば、会社の同僚や友達を連れて来店する可能性もある。何よりお店で働く人も、同じ地域で働く人たちと多くのつながりを持てば、その人自身にも新たな気づきを与えるきっかけになるかもしれない。

企業で働く人と、その周辺地域にあるお店。smilesheepの活用が増えれば、両者の距離感がこれまで以上にぐっと近くなりそうだ。

「オフラインでゆるく繋がる」がもたらす価値

仕事のプロジェクトが成功したり、心を揺さぶられた本や映画に触れたとき、その感動を140字以内に収めてTwitterで発信すると数分のうちに「いいね」がつく。

上司や恋人への愚痴をストレートな表現を避けてつぶやけば、それだけで心は晴れ、複数の友人から慰めの言葉だって届く。

握りしめたスマホはどんどん熱を帯びる。だが、その温度から人の気持ちを量るには限界がある。SNSを見つめるだけでは、思い出さえ作れない。

インターネットとの常時接続が当たり前となった今日だからこそ、オフラインで人と繋がる価値を見直したい。smilesheepは、そのきっかけにもなり得る。

いいねの代わりに乾杯を、労いコメントの代わりに軽やかなハグを。オフラインで人と繋がることは、人の感情と生活を豊かにする。

smilesheepを活用するお店と企業が増えれば、世の中がまた少し面白くなりそうだ。

ママと出会った私が、そう感じたように。