京都に詳しい能楽師の友人に、最近面白いスポットが出来た、と「◯間 -MA-」を紹介してもらったのは、今年4月のこと。五重塔で有名な東寺の南に広がる九条エリアに位置するが、表には看板もなく、紹介がなければ自分で見つけるのは難しいほどの穴場スポットだ。

近年、ますます外国人観光客が増える京都では、日本文化なるものを安易にパッケージ化して消費する傾向も、残念ながら少なくはない。この場所が「お茶文化」をテーマにしていると聞いたときも、皮肉っぽい自分は、正直疑心暗鬼だった。しかし、訪れてみると、びっくりするほどエキサイティングな空間だった。

店内に入る。いかにも民家らしい空間に、工芸品やお茶葉など、こだわりのセレクト品が並ぶ。左手の扉を開けると計10名ほどが座れるカウンター席があり、絶品の創作日本料理が楽しめる。

炭屋、質屋などとして100年近く使われてきた京町家をセルフリノベーション。基礎構造だけ専門家に依頼をし、デザインや内装は全て自分たちで行なったそうだ。「お茶文化」をテーマに、茶の間、酒の間、味の間、本の間、見世の間、香の間など、五感を刺激するコンテンツが集まる。

仕掛け人である酒井俊明さんは、元々はグラフィックやWebデザインの仕事をしてきた。茶道に興味があり、2年ほど前から京都で何かプロジェクトをしたいと構想を温めていたところ、知人から、この物件の話が舞い込んだという。

酒井俊明 文化、アート、社会課題、他にも興味の赴くままに様々なジャンルを横断し自身と社会が求める何かを創り出していく、デザイン・企画・プロデュースが生業の表現者。 近年は茶の心を核に日本文化の理解と今様の生活スタイルになじむ茶の湯とその周辺を模索中。

酒井さんが「◯間 -MA-」を立ち上げた背景には、伝統の消費の仕方への課題意識がある。

酒井さん「京都でさえも、昨今では『日本風』や『和風』といったように、ざっくりと文化をパッケージングしたものが多く、きちんとした論理や知識を持って運営している実践が少ないと思っていました。

また、東京や外資がマーケットが入ってきて、『日本的なるもの』をまとめて売り出していることも多い。土地に根付いたものが少なくなっているような気がしています。錦市場など、現在ではすっかり観光地化されてしまって、現地の人が買い物に来る場ではなくなってしまいましたよね。『錦市場』はパッケージ化され、中身はすっかり変わってしまった。これは残念だなと思っています。

だからこそ、この場所では、本格的な和食の料理人や茶人を徹底的に厳選しています。お茶の体験にしても、ただお茶を立たせるんじゃなくて、きちんとお茶をいただくまでが茶道体験です。そんなことをメンバーで云々話して、空間をつくり上げていきました。伝統をノスタルジーとして消費せず、現代の文脈に添う形で“アップデートをし続ける伝統”を体験する場所をつくりたい。」

扉の廃材を、吹き抜けが開放的な壁一面に使用。この壁も運営者たちがセルフリノベーションしたというから驚きだ。

ワークショップや、バーカウンターでのお茶のテイスティングが楽しめる。

お茶、空間、工芸、食、美術など、トータルで楽しむ

お茶文化と一口に言えども、お茶を飲むだけではない。湯を沸かし、美味しいお茶をたて、季節のお花を置くなど空間の演出をし、道具や器を準備し、どう美しく見てもらうか、どう食べてもらうのか、どのようなお話をさせてもらうのか、を考える必要がある。

酒井さん「道具一つとっても工芸が関わっていますし、建築、美術、演出、食事などの側面もあります。お茶室は、教養の求められる、サロンのような、社交場のような場所です。

私自身、もともとは趣味で茶道を習い始めましたが、食、アート、工芸、空間など全てをまとめあげる茶道の美意識がインスタレーションのようで、自身の表現の場としての可能性をここに感じました。それから、茶道が自分の核になっています」

ブックショップも併設。センスが光るセレクトが嬉しい。お茶を楽しんだ後は、ここで読書をゆっくりと楽しみたい。

「◯間 -MA-」はまさに、お茶を中心として食事やお酒、工芸や読書などもトータルで楽しめるインスタレーションのような空間だ。

空間は、「継ぐ」という言葉をテーマにメンバー数名で手を入れた。建物そのものの魅力を生かしたまま、どう後世に伝えていけるかということで、このテーマを選んだ。破れている部分はあえて塗りなおさず継ぎ接ぎにする。火事で焼けた柱や壁は敢えて隠さず、内装の一部とした。大工さんには構造など基礎部分だけ手を加えてもらい、躯体はそのまま残して最低限のみ解体した。デザインも自分たちで行い、手探りで考えながら進めていったという。

酒井さん「プロが仕上げると綺麗なのですが仕上がりすぎてしまうので、自分たちで手を加えることで良い温度感が作れたと思います」

更新し続ける伝統文化とは

取材中、ベルギー出身の茶人ティアス宗筅さんが、茶室ではなくバーカウンターを使ってお茶を出してくれた。12年間、日本に住み、茶道文化を学んだ本格派で、今では日本人に限らず、海外の方にもお茶湯のレッスンも行なっているほど。「バーカウンターでお茶湯というと驚かれますが、亭主との距離が縮まることで会話も弾みますし、お茶を入れる側も足が自由に動かせるので、表現の幅も広がります」とティアスさん。確かに、茶道にもさまざまな流儀があり、絶対的な正解があるわけではない。

酒井さん「伝統とは、いわゆる”古いもの”がそのまま続いているのではありません。古来から引き継がれ、ここまで更新を続けてきたからこそ、現代にも生きているのです。この場所は、その伝統が後世に継がれる一旦としての役割を担えたら良いなと思っています」

ギャラリーには現代作家の作品が飾られ、ブックショップにはカルチャー系の選書が並ぶ。現代の生活にフィットしたお茶の楽しみ方があることで、伝統も更新されながら後世に残っている。

ギャラリースペースには浮世絵などの他、現代作家による作品も楽しめる。

この施設が位置する九条は、京都駅より南側で中心地から離れたエリアだ。ニューヨークのブルックリンのように、しがらみのない九条で、これから京都の面白いクリエイティブやことづくりが生まれてくる、と酒井さんは今後の展望を語る。トータルで日本文化を体験できる複合施設兼実験場。地域の人々と観光客が交流できる場にもしつつ、ここを基点に、「現代の伝統」を伝える活動を広げていく予定だ。