「価値ある失敗から学ぶレジリエンスが重要になる」

アスノオト代表取締役CEOの信岡良亮氏

イベントに登壇したのは、同大学を運営する株式会社アスノオト代表取締役の信岡良亮氏だ。

同大学は、提携する自治体をめぐり、少人数制のオンライン講義を受けたり、プロジェクトに挑戦することで「人と協働して、欲しい未来を自らつくることを学ぶ」という構想で作られた。名前には、日本の地域(さと)こそが、次世代に必要な学びを得る場であり、さとで学ぶ人が増えることで、いろいろな地域が誰かの故郷になるといいという思いが込められている。

2017年6月にこの構想が生まれ、2018年6月には立ち上げに必要な資金を集めるため、クラウドファンディングサイト「CAMPFIRE」にて支援の募集が行われた。最終的に310人から1040万3000円の支援が集まり、新しい大学の設立に向けて舵が切られている。

参加者のターゲットとしているのは、休学してバックパックに行くような大学2~3年生や、20~30歳で働き方と生き方をあらためて模索したい人といしている。2019年度には、7月に3か月の地域プロジェクト留学コースが初めて実施される予定。現在、提携している自治体は岡山県西粟倉村、島根県岐郡海士町、宮城県女川町、宮崎県新富町と4つの地域だ。

さとのば大学のカリキュラムイメージ

信岡氏「さとのば大学が重視しているのは、何を学ぶかではなく、どう学び続けるかです。これまでは一つのスキルの専門性を高め、いかに早く、正解に向けて早熟するかが重要視されてきました。しかし、予測不能な未来を楽しく乗り越えるためには、いかに価値ある仮説を創造し、多くの失敗から学ぶかを習熟することが求められると思います。間違いが少ないことが良いのではなく、価値ある失敗から学ぶレジリエンス(復元力)が重要となるのです」

オンラインでの講義では、すでに地域の舞台で実績を残している方や組織開発、メンタルケアに関する専門家が講師として、学生たちと向き合う。講師の一人である地域再生コンサルタントで元社会科教師の大西正泰氏は、同大学の魅力について次のように語った。

大西氏「講師陣が行うのは、『なぜそれを行うのか』という本質を学生に問い続けることです。

私は社会科の教員をしていたのですが、今の教育は『そもそも』を教えないんですよ。例えば、645年の大化の改新だったら、その名前さえ覚えてればいい。しかし、本質にあるのは政権をひっくり返すためには、クーデターを起こさないといけないということ。現代は、投票によってクーデターができます。こうした違いを教えることが今の教育はできていません。

さとのば大学で講師を務める大西正泰氏

もう1つの問題は、18歳でピークを迎えないといけない教育システムになっていることです。18歳で東大に入れる子は選択肢が増えるということ。でも、果たしてそれは正しい姿なのでしょうか。早熟型しか活躍できない社会は、大器晩成型が活躍できない社会を作りだします。年齢に関係なく色んなトライアンドエラーができる場所が、さとのば大学の魅力です。

環境さえあれば人は育ちます。今まで学んだことを地域で活用しながら、新しい出会いからこれまでの体内感覚をリセットすることで、自分の生きる解を見つけてください」

地域プロジェクト留学コースでは、計12人の学生を地域ごとにマッチングし、4つの地域に3人ずつ派遣する予定だ。期間は3か月。数年後には100人の学生が地域をめぐり、日本全体が学ぶコミュニティになることで、それぞれが自分なりの問いと仮説を作れるようになることを目指すという。4年制大学や社会人大学院の認定を受けるための取り組みも進めるそうだ。

「優しい、挑戦環境」を提供する場所としての地域

「それぞれが懸命に働いていることで、ちゃんと未来が明るくなる実感が持てるような生き方はないだろうか?」 CAMPFIREのプロジェクトページ冒頭には、このような文言がある。

信岡氏がさとのば大学で「共創型の学び」の実践にこだわるのは、自身のキャリアが大きく影響している。大阪で育ち、大学卒業後には都内のWeb制作会社に就職した信岡氏。会社の立ち上げから参画し、順調な日々を送っていたが、1日中働き続ける生活を続けていたという。

そんな生活が続くうちに、何のために働いているのか分からず、成長だけを求める長時間の労働に意味を見いだせなくなり、出勤しようとしたが満員電車に乗れなくなってしまった。心と体のバランスを崩した信岡氏は、関わる人の顔が見える“小さな経済”に希望を見いだす。2007年12月、島根県の北に浮かぶ隠岐諸島にある海士町(あまちょう)へのIターンを決めた。

海士町の景色

移住後、信岡氏は地域の人たちに応援されながら、まちづくり事業を手掛ける株式会社 巡の環を創業。安心して暮らせる、多くの初めてと出会い価値観が広がる、失敗しても起き上がりやすい、そんな「優しい挑戦環境」としての地域の存在を感じた日々だったという。

信岡氏「以前、キャリアは都市で作るもので、地方はドロップアウトした人が生きる場所だと思っている部分がありました。でも、海士町に移住して温かい人たちと出会い、安心して生きることができ、町のことを好きになっていきました。働くことも好きになりました。都会育ちだった僕が、海士という島にアイデンティティをおすそ分けしてもらったんです」

仲間とともに未来を共創していく人を育てる

イベント当日の様子

海士町で順調な歩みを進めていた信岡氏に転機が訪れたのは、2011年3月11日に起こった東日本大震災だった。これまでの社会システムが及ぼす課題が露呈され、「大量生産の社会から、持続可能な社会に向けて動き始める」と思った。しかし、自分たちの暮らしを見直すよりも、ただ危機が過ぎ去ればいいという雰囲気が広がっているように感じたという。

信岡氏「よりよい未来に向けて貢献したくても、多くの人はどう動けばいいのか分からないから挑戦できないのではないでしょうか。僕には海士町という、安心して、自分として生きられる場所があったから挑戦を続けられました。もしかしたら、多くの人が欲しているのは海士町のような『優しい、挑戦環境』なのかもしれない。そうだとしたら、海士町だけで頑張るのではなく、他の地域と連携してこの環境を多くの人に提供しようと思ったんです」

そこで、巡の環で取締役を続けながら、信岡氏は東京に拠点を移した。2015年5月にアスノオトを創業。地域で活動するトップランナーの考え方を学んだり、互いの知見を共有する「地域共創カレッジ」などの開催を通して「優しい、挑戦環境」を届けてきた。

地域共創カレッジの様子

さとのば大学は、地域共創カレッジの手応えをもとに、「自分として、生きる人」、つまり仲間とともに未来を共創していく人を育てるより濃い場所を生むために立ち上げられた。7月から開催される地域プロジェクト留学3カ月コースの受講生募集は、6月10日まで二次募集を行っている。学習プログラムの開発や運営の手伝いなどを協力してくれるプロボノスタッフも随時募集しているそうなので、興味のある方はぜひ問い合わせてほしい(問い合わせ先はこちら

「経験を学びに変えていく力を、皆さんと一緒に」

余談だが、筆者も大学から東京で過ごしたが、5月から拠点を地元の秋田県に移した。移住を決断した理由は一つだけではないが、説明するときに一言でうまく言語化できずにいた。そんなときに、「自分として、生きる」という言葉と出会い、非常に共感したのを覚えている。

地方に「優しい、挑戦環境」があるのは、住む人々が「自分として、生きている」からのように感じる。自分なりの豊かさや問題意識と向き合い、足りないものを補いながら、得意なことでその場に貢献していく。そんな環境が地方には増えているのではないだろうか。そこにいるステキな人々を、私は編集者/ライターとして届けていきたいとイベントを通して感じた。

上記でスタッフを募集していると紹介したように、さとのば大学はその仕組み自体もこれから作られていく。そのため、何かを与えてもらい。正解を教えてほしいという人は参加に向かないだろう。逆にカオスな世界を楽しみながら、挑戦がしたい人には最高の環境かもしれない。

「運営の中では決まっていないことも多く、結局何が学べるか分からないと言われることもあります(笑)。ただ何を学ぶかよりも、どう学んでいくかの方が大事だと思っています。経験を学びに変えていく力を、ぜひ皆さんと一緒に作っていきたいです」と、信岡氏。

少しはにかみながら語るその目は、強い意志と覚悟で満ち溢れているように感じた――。