「人はビルではなく、まずは街を選ぶ。街に来る人々にとって、街との接触はネイバーフッドから始まる」

2018年12月13日、「都市の進化に向けた世界中のアイディアとチャレンジ」を紹介する雑誌「MEZZANINE」vol.3のローンチイベントが、神田錦町のシェアオフィス「FUSION_N」とのコラボレーションで開催された。

vol.1では「都市はイノベーションの培養装置って本当?」をテーマに、ロンドン・香港・渋谷を特集。vol.2では「アマゾンエフェクト・ミーツ・ ポートランド 」と題し、ライフスタイルの理想像となったポートランドのブーム後を、全米中の都市が熱狂したアマゾン第2本社ビル誘致合戦から迫った。

2018年12月に発売されたvol.3では「起業都市」「テックジャイアントたちは、今なぜ都市をつくりたがるのか」の2つが特集された。今回のローンチイベントでは、同誌編集長の吹田良平氏が登壇し、vol.3の全体像と共に、編集に間に合わなかった最新情報と、次号に繋がる問題提起が話された。

トロントで進む、Googleの技術を応用したスマートシティ

まず、1つ目の特集「テックジャイアントたちは、今なぜ都市をつくりたがるのか」について語られた。特集を知るためには、前提としてAIの発展により都市の様々な動きがビックデータとして蓄積されていく現状を知らなくてはならない。

「これまでは、インターネットによって世界中のPCがつながり、PCをバーチャル上での通信機器に変えました。これからは、バーチャルを離れ、ありとあらゆる場所にセンサーがつき、ビッグデータが集まります。それを元に、画像認識が得意なAIがディープラーニングして解を導き出すようになる。つまり戦場が電線の中から市街地戦に変わったのです」

吹田氏が取材に向かったのは、カナダのトロント。Googleの姉妹会社で、都市研究を専業とするサイドウォーク・ラボが、トロントで初の都市開発に乗り出したからだ。Googleの技術を応用したAIスマートシティ、氏曰くの「データ主導のネイバーフッド」が生まれようとしているわけだ。

場所は、ニューヨーク州北部とトロント東部に接するオンタリオ湖の湖畔。第一弾としてキーサイドと呼ばれる49,000㎡の土地が再開発される。最終的には、その南東にあるポートランズ地区全325haの土地がAIスマートシティとなる計画だ。

計画の立案には、住民から意見を吸い上げる全5回のラウンドテーブルが開催され、毎回400人以上が集まっているようだ。イベントでは、雑誌の掲載には間に合わなかった4回目のラウンドテーブルで提出された計画の概要が語られた。

  • ・工事により9千人以上の雇用を創出する
    ・建物にはカナダ産の木材を使用し新たな工法を開発する
    ・新規住宅の40%は周辺の市場価格よりも低いアフォーダブル住宅とする
    ・気候変動に対する様々な取り組みにチャレンジする
    ・テクノロジーを活用して公共空間のより有効的な使い方を提示する
  • サイドウォーク・ラボによる4回目のラウンドテーブルでは、これらの項目がそれぞれ事細かに紹介される中、スマートシティの運用として一番気になる、都市から得た情報の取り扱い方については、ほとんど触れられていないと吹田氏は指摘する。

    データ主導のスマートシティの現場では、今や既存の法律や枠組みでは対処しきれない、以下のようなデータガバナンス問題がに議論の中心だという。

  • ・本当にプライバシーは守られるのか?
    ・データは一体誰が所有・管理するのか?
     ーー自治体なのか、データを収集・保存する企業なのか
    ・誰が街を運営するのか?
     ーー自治体なのか、企業なのか、はたまたアルゴリズムなのか
    ・どこの法律が適用されるのか?
     ーーカナダなのか、データ所有企業の本社所在地なのか、データセンターの所在地なのか
  • 都市からありとあらゆる情報を集めて、ビックデータとして蓄積する。それにより、AIが最適解を導き出すのがスマートシティだ。その発展のためには、都市に住む市民に直接的な便益がもたらされなければ、前回のようにまた不発で終わると吹田氏は語る。

    「これまでのスマートシティ構想は、一市民としてはとても退屈なものでした。なぜなら、お仕着せの一方的なエネルギー・ソリューションが配られるばかりで、実際に僕たちはそこからどんな自立のためのカスタマイズができるのか、語られてこなかったからです。つまり消費者発想の代物だったわけです。僕らはもう受け身でいることに飽き飽きしています。エネルギーの最適制御だけではなく、いかに自分たちの能力を拡張をしてくれるのかという視点が、これからのスマートシティには求められるでしょう」

    シリコンバレーに次ぐスタートアップシティ、ニューヨーク

    トークイベントの後半では、2つ目の特集である「起業都市」について語られた。そもそも起業、スタートアップの価値とはなんだろうか。端的に言えば、これからの経済成長に必要不可欠な着火剤である、と本当はスタートアップブームに懐疑的立場だとする吹田氏は語る。

    「経済成長には、3つの方法があります。労働投入量の増加、資本投入量の増加、そして全要素生産性の向上です。日本は既に人口減少に向かってるので労働投入量の増加は見込めず、資本投入の増加にも限りがある。

    そうなると、研究開発や技術革新による新製品・サービスの開発といった、量的要素以外の方法で高い付加価値を生み出して、生産性を上げていくしかありません。その際、斬新なアイディアで市場と需要の創造を最初に担うのは、大企業よりもむしろ活気のある中小企業・個人事業主・ベンチャー企業の方。これこそがスタートアップの存在理由です」

    このテーマの取材地として選ばれたニューヨークは、現在シリコンバレーに次いで、わずか10年間で世界第2位の起業都市を実現した。それは政策として戦略的に計画されたものだ。

    「2008年に金融危機が世界を襲いました。当時、ニューヨークの雇用の38%を金融業界が占めていたとされています。結果、延べ9万人もの失業者が生まれてしまった。当時の市長であるマイケル・ブルームバーグは、対策として産業の多様化を進めました。その肝となったのが、ニューヨークを起業都市に変貌させるという取り組みでした」

    ニューヨークには、シリコンバレーと違い巨大な消費市場がある。また、元々多様な産業と企業本社の集積もある。シリコンバレーのようにテック偏重で、イノベーション自体が目的となるというよりも、「◯◯-tech」と呼ばれるようなファッション、メディア、ライフスタイルなど既存産業のデジタルトランスフォーメーションを目指す「ハイフンテック」がニューヨークのスタートアップの特徴だという。

    ニューヨークには、スタートアップのホットスポットが2エリアあるそうだ。マンハッタンのチェルシーからフラットアイアン・ビルに至るシリコンアレーと呼ばれるエリア。もう一つは、イーストリバーを超えたブルックリンの3つのネイバーフッドで構成されるブルックリン・テック・トライアングル。

    これらの場所には、以下の4つの特徴があると吹田氏は語る。

  • ・住みながら働いて遊べる(浮かんだアイディアを忘れない)職住融合の界隈であること
    ・新旧の建物が存在しており、(下積みモンでも住める)低家賃の物件が残っていること
    ・歩いて回れる(飲み屋をハシゴできる)ウォーカブルな街の規模であること
    ・情報交換が図れる(仲間で仕事を廻し合えるだけの)一定量の企業集積と人口密度があること
  • 「どこかの国のように、Aクラスオフィスビルの中にイノベーション拠点を開設して悦に入っているのでは、人とアイデアと資金は集まらないでしょう。人はまず、ビルではなく街を選びます。街に来る人々にとって、街との接触はネイバーフッドから始まる。そこから、その街がどういう個性を備えているかをつかんでいくわけです」

    吹田氏は「起業都市」をこのようにまとめつつ、1990年代にクリエイティブシティを提唱し、都市経済学のロックスターと評されるリチャードフロリダの言葉を引用し、いまアメリカが抱える問題を指摘した。

    「技術革新の波が、ハードウェア・通信・チップなどから、都市や都市生活を変えるサービス中心のイノベーションへと変化しつつある。それに伴い、起業の舞台が郊外から都市へと移動し都市の様々な生活コストが高騰。トランプ政権の移民政策と相まって、イノベーションに不可欠な移民が米国を選択しなくなっている。スタートアップシティの勢力図は、米国以外の世界各都市へ移る危機の真っ只中にある」

    日本も逆の立場で考えなくてはならない視座だと、吹田氏はいう。

    イノベーション原理主義のオルタナティブ

    これから先、イノベーション経済が都市に様々な影響を与えていくだろう。なにかに振り切れていくと、そのカウンターも生まれるのが世の常だ。MEZZANINEの次号は「イノベーション原理主義のオルタナティブ」のようなテーマになるかもしれないという。

    そのヒントをMEZZANINE vol.2及び、vol.3から引用して、トークイベントは終了した。

    「イノベーションは一時的な延命措置であり、その延命によって問いはさらに加速する。イノベーションは成長の危機を乗り越えるチャンスを与えるものの、それは別のより早いルームランナーへと飛び移ることに過ぎず、持続可能性への根本的なソリューション足り得ないばかりか、都市の危機へと一層追い詰めることなる。不断の先延ばしである都市の自己加速運動をどうすれば降りることができるのか」

    「スマートシティを効率化、最適化のプログラムと捉える人は多い。マネーは常にそれを求めてきた。ただ、そうした力が働くならば、その動線から外れていくのものまた都市であり、そこにこそ都市の可能性を見出すことができるはず」

    「アメリカン・ドリームに興味はない。それより、ものづくりの新しいプロセスを学んだり、スキルを身につける方が楽しい」

    「競争よりもアートを選択したんだよ。ものづくりってそういうことだろ」

    「競争という考え方には価値を置いていない。それよりは共創を好むんだ。相手と競って打ち負かすより、互いのいいところをくっつけて、もっとレベルの高い水準に行った方が、互いに楽しいだろう」

    「私たちは全ての製品を、それが『生活において必要だから』という理由で作っている。『これなら売れるだろう』という考えで作った製品は一つもない」

    「これからの行政は、個人の選択の後押しの場となる。一律の最適解から、個々人のニーズの充足へ。そのためにも、(漠たる市民一般に向けた最大公約数ではなく、特定の)(特定の)相手の立場に立てる組織でありたい」(某副市長)

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    センター街のハロウィンの狂騒で、軽トラックを倒した主犯格数名が警視庁に特定された。防犯カメラの画像や聞き込み捜査から容疑者を絞り込んだようだ。すでに街からは複数のデータが収集されている。使い方次第で、住民にとってのメリットにもデメリットにもなり得る。

    あまりにも急速に進むテクノロジーの進化やイノベーションに、人の倫理や法整備は遅れをとってしまう。その穴埋めがよりスピーディーにできなければ、私たちの生活は、どんどん脅かされていく。

    もはやテクノロジーやイノベーションは、製品やサービスの話ではなく、私たちが住む街自体になりつつある。その先に、ユートピアがあるのか、ディストピアがあるのか、私たちはまだ知らない。

    ・MEZZANINE VOLUME3
    https://www.twovirgins.jp/single-post/2018/11/27/MEZZANINE-VOLUME3-WINTER-2018