彼らは、2018年12月8日に開催されたビジネスによる社会課題の解決を考える“ソーシャルイノベーションイベント”「BEYOND 3.0」内でのピッチコンテストに出場した。

イベントを主催したのは、「命を落とす人、死ぬよりつらい人の絶対数を減らすシステムを創る」というビジョンを掲げ、社会起業家の育成事業やメディア運営に取り組む、京都発のスタートアップ、株式会社talikiだ。

若者たちは、talikiが運営するアクセラレータープログラム「タリキチプロジェクト」に参加。3ヶ月間にわたり、社会課題と向き合ってきた。どうすれば解決できるのか、それを持続的なビジネスプランに落とし込むには何が必要なのか。

限られた時間のなか、答えのない問いから自分なりの正解を探り当て、聴衆の前に立とうとする若者たち。彼らの描く未来はどのような姿をしているのだろうか。

オンラインとオフラインを行き来する塾を当たり前に

1人目に登場した松葉琉我さんは、株式会社Next Edgeを立ち上げ、学習プラットフォーム「Link Study Lab.」 の開発に取り組む。

松葉さんは、高校を退学し、独学で大学受験を乗り越えた。その時期に動画学習サービスを利用していたが、オンラインならではの課題を感じることも多かったそうだ。

松葉さん「オンラインで、いつでもどこでも学べる機会が得られるのは、素晴らしいことだと思います。しかし、生徒として講義を受けるなかで、画面の前では集中が途切れてしまったり、演習する学習素材が不足していたり、学習成果が出づらいと感じていました」

Link Study Lab.では、オンラインの動画学習とオフラインの演習授業を組み合わせ、最適な授業を提供、生徒の学習データからTo-doリストを作成するなど、日頃の学習もサポートする。

松葉さんが目指すのは、受験勉強に忙殺される学生の人生に、家族と過ごしたり、趣味に没頭したりするための「余裕」を作り出すこと。難関校への合格者ではなく、作り出した「余暇」を目標に掲げる学習塾なら、たしかに多くの学生が喜んで通いそうだ。

オーディオ界の“Netflix”を目指すボイスメディア

続いて登壇した大阪大学の櫻井祐太さんは、“新感覚ボイスメディア”「GiGs」を提案する。ボイスメディア、という発想の原点には、幼少期を海外で過ごした経験がある。

櫻井さん「幼少期を台湾、NYで過ごした経験から、言葉は通じなくても、自分をさらけ出し、表現し続けていれば、共感や友情が生まれるのだと感じました。共感や友情の根底には何があるのかと考えたところ、行き着いたのが『声』だったんです」

photo by Toru Harada

櫻井さんは、音声メディアが日本で普及しない理由の一つに、良質なコンテンツの不足があると考えている。「GiGs」では、質の高いオリジナルコンテンツを製作し、『オーディオ界の“Netflix”』を目指す。

オリジナルコンテンツ第一弾として、起業家の生活を音声で綴る「The Startup」の構想も膨らませている。「声」の可能性を信じる彼らがどのような作品を生み出すのか、今から楽しみだ。

お金に困る“ヒーロー”たちを救うコミュニティ

三番手の番匠谷拓実さんは、昨年秋に立ち上げたオンラインコミュニティ「ヒーローズコミュニティ」について発表する。

「ヒーローズコミュニティ」は、NPOで働く人たちがノウハウを共有したり、互いにコーチングを行ったりと、成長のために支え合う共同体だ。

番匠谷さんは、NPOや学生団体の運営に没頭し、気がつくと生活費を失っていた経験がある。そこで感じた“孤独”が、コミュニティを立ち上げる原動力になった。

番匠谷さん「生活に困窮するなかで、気づけば孤独を感じるようになりました。周りに相談しても、『バイトしていなかったのが悪い』と思われるだろうと考え、誰にも頼れなかったんです。

同じように、NPOで働く人のなかには、社会に対してアクションをしているのに、経済的に厳しい状況に陥ってしまい、強い孤独感を感じている人が多くいました。彼らのような“ヒーロー”が困っている状況を変えたいと思っています」

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一人のヒーローが孤独に頑張るのではなく、何人ものヒーローが協力し合い、よりよい社会をつくっていく。複雑化する社会課題に挑むには、「ヒーローズコミュニティ」のような横のつながりが、より一層必要になるのだろう。

伝統工芸のサブスクリプションで豊かな時間を届ける

京都美術工芸大学の坂木茜音さんは、伝統工芸品のサブスクリプションサービス「naimaze」を提案する。

坂木さんは高校生の頃に日本の伝統工芸に強い関心を持った。その優れた技術を継承する職人が減っている現状を知り、日本で唯一「工芸学部」を持つ大学に進学した。

大学では、作り手として技術を学ぶだけでなく、伝統工芸を守り、広く社会に知ってもらう方法を模索してきた。辿り着いた一つの答えがサブスクリプションサービスだ。

坂木さん「naimazeは、3ヶ月ごとに工芸品をお届けする『季節の定期便』です。工芸品を届けるだけでなく、工芸品の使用例や作品に込められた職人の想いを綴ったブックレットも送付します。日本の四季に想いを馳せ、日本の文化をゆっくり味わう。そんな豊かな伝統工芸の世界を味わってほしいです」

継続的な利益が得られるようになれば職人を目指す若者も増えるだろう。坂木さんのように、新たなビジネスの手法と伝統工芸を掛け合わせられる存在がいれば、きっと伝統工芸の未来は明るいはずだ。

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その休憩、適切ですか?脳波で作業効率の最大化を図る

続いては、「机に向かっているのに集中できない」という、誰もが直面する問題に立ち向かう竹内啓人さん。タブレットと脳波計を用いて集中度を計測し、作業を効率化するシステム『OptiWave』を提案する。

竹内さん「『OptiWave』では、市販の脳波計で計測したデータをもとに、独自のアルゴリズムで『集中度』を算出。その『集中度』にもとづき、学習する時間帯、休憩や間食のタイミングなど、最適な学習環境を提案します」

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主に塾や学校への導入を見込んでいるという竹内さん。ピッチの直後に、学習塾を経営する参加者が「自分の塾で使ってみたい」とツイートするなど、確かなニーズの高さが伺えた。

『OptiWave』が普及する頃には「長時間がんばった人がえらい」なんて価値観は、すっかり過去のものになっているのかもしれない。塾だけではなく企業での導入も検討してほしい気がする。

独自の技術で“サンゴのジュラシックパーク”を宮崎に

続いては、サンゴ礁の研究者から起業家への転身を選んだ、岸大悟さん。

サンゴ礁は、海産生物の60%を生み出し、台風から陸地を守る防波堤の役割を果たしている。そんなサンゴ礁が、世界各地の海で失われている状況を変えるため、楽しみながら自然環境の保護に携わる人を増やすプロジェクト『Green Fingers』を考案する。

岸さん「Green Fingersでは、エンターテイメントのように、楽しみながらサンゴ礁の保護に携われるエコツーリズム体験を届けます。

まずは、宮崎県を中心に、修学旅行生や結婚式を挙げるカップルが、好みのデザインの美しいサンゴを植える体験を提供する予定です。『海に生命を植える』体験を通して、サンゴの価値を伝え、自然環境の保護に興味をもつ人を増やしていきたいです」

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いずれは宮崎にサンゴの“ジュラシックパーク”つくりたいと語る岸さん。サンゴ礁にかける熱さが会場中に伝わっていた。一見突拍子のないアイディアにも聞こえるが、彼ならその圧倒的な愛を持ってやり遂げてしまいそうだ。

VRカウンセリングサービスを構築する16歳の起業家

最後を飾ったのは、最年少の高校2年生、西野太一さん。西野さんが取り組むのはVRカウンセリングサービスだ。

西野さん「家族がメンタルに不調を抱えていたにも関わらず、カウンセリングに抵抗感があったせいで、症状が回復せず、長きにわたって苦しむ姿を目の当たりにしました。

偏見や人の目を気にして、カウンセリングを利用できない人も、心から『行きたい!』とワクワクできるようなカウンセリングサービスをつくりたいと思いました」

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VRカウンセリングルームでは、「キズナアイ」のようにポップなVRアバターと対話をする。想定ユーザーにテストをしてもらったところ「聞き手がアバターなので弱みをさらけ出しやすかった」といった意見も得られたそうだ。

直接会って話すほど近くないけれど、チャットでやり取りするほど遠くもない。その中間にあるコミュニケーションの可能性を感じさせられる。

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激闘のピッチを終え、栄冠を勝ち取ったのは?

表彰式では、審査員の総合評価が一番高かった人に与えられる「審査員賞」、観客による投票の結果、もっとも票を得た「オーディエンス賞」、勢いと力強さを感じさせる人に与えられる「taliki賞」の3つを発表する。

審査員を務めるのは、株式会社CAMPFIRE代表の家入一真さん、East Venturesフェローの大柴貴紀さん、tsumiki証券代表取締役COOの仲木威雄さん、シリアルアントレプレナーの塚本廉さんだ。

「審査員賞」を受賞したのはVRカウンセリングサービスを提案した高校2年生の西野さん。

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「オーディエンス賞」は、サンゴ礁保護のエコツーリズムプロジェクトを提案した「Green Fingers」の岸さん。

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「taliki賞」には、新感覚ボイスメディア「GiGs」の櫻井祐太さんと栗栖崇さんが選ばれ
た。

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ピッチを終え、審査員からの講評を求められた家入さんは、「こういうコメントは一番苦手なんですが…」と微笑みつつ、次のように語った。

家入さん「前回、前々回も見て、ピッチのレベルや事業の実現可能性がどんどん上がっているなと感じています。今後はサンゴの彼みたいに、突き抜けた『好き』を、もっと見たいと思っています。

今日受賞した人もいれば落ちて悔しい思いをした人もいる。受賞したこと、落ちたこと、すべて意味があると思います。意味を作れるかはこの後の行動次第。今日から行動することで次に繋げてもらいたい」

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これまでの人生でぶつかった「壁」に背を向けることなく、立ち向かうための第一歩を踏み出した彼ら。

1年後、10年後、彼らがどんなことをしているかは、まだわからない。しかし、少なくとも、世界は今より面白い場所になっているんじゃないか。一つひとつのアイディアから、そう信じさせてくれる勢いを感じた。

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