弱さを抱えた「起業家」が社会を変える
「起業家」という言葉を聞いて、どんな姿が思い浮かぶだろうか?
チャレンジ精神に溢れ、コツコツ努力でき、辛い時期もぐっと耐え忍ぶ。日ごろメディアで目にする起業家は、スーパーマンのように見える。
けれど、彼らも私たちと同じ“弱さ”を抱えた人間だ。近年、「起業家のメンタルヘルス」の問題を知るなかで、そう実感するようになった。
『Tech in Asia』の記事によると、起業家が鬱になる割合は、全体の30%という。アジア圏における鬱病の平均発症率が7.6%であることから、約4倍の高さにのぼる。なかでもアジア人は、失敗は許されないというネガティブな思考を持つことから、世界的にみても起業家が鬱病を抱える問題が深刻であるという
参考記事:成功話の裏側は語られない ── 世間には知らされない起業家のメンタルヘルス事情
どんな人でも、必ずどこかに“弱さ”を抱えている。だからこそ、思う。“弱い”人が、起業で社会を変えたっていいじゃないか、と。
社会課題に取り組む起業家やスタートアップの支援を行う株式会社「taliki(タリキ)」が主催したイベント「BEYOND 3.0」では、「起業という生き方、どん底とてっぺん」というテーマに、起業家の“弱さ”と向き合う対話が行われた。
登壇したのは、株式会社CAMPFIRE代表の家入一真さん、East Venturesフェローの大柴貴紀さん、株式会社cotree代表取締役の櫻本真理さんの3人。tsumiki証券代表取締役の仲木威雄さんがモデレーターを務めた。
起業とは自分の人生に“オーナーシップ”を持つこと
起業家の“弱さ”について語る前に、モデレーターの仲木さんが「そもそも起業とは何か」と3人に問いかける。大柴さんが自身の経験から語る定義は思った以上にシンプルだ。
大柴さん「人を集めて、会社を興すことは、自分だけじゃどうにもできないことを解決するための手段だと思っています」
昨年行われた「BEYOND 2.0」では、家入さんが「社会に自分を合わせられなくって、むしろ自分に社会を合わせようとする人が起業家だと思う」と話していた。ひょっとすると、大柴さんも同じように、「自分に社会を合わせよう」としているのかもしれない。
参考記事:生きづらさを抱えたままでも、世の中は変えられる。家入一真氏たちがこれからの“社会貢献”を考えた #beyond_2
櫻本さんも、起業を「自分の世界を自分で作ること」と考えている。
櫻本さん「『法人』というのは、自分という人間を取り巻く世界の延長にあると思っています。その世界を自分が望ましいと感じる形に変えていくために、同じ意思を持つ人を巻き込んでいける。起業してから、周囲の世界の変化を、より強く意識するようになりました」
周囲を巻き込み、自らの世界を作る。2人の言葉を聞くと、起業はやはり意思ある強い人にしかできないのでは、という想いがちらつく。しかし、家入さんは、より広い意味で「起業」を捉えていた。
家入さん「起業とは、かっこいい言い方をすると、自分の人生にオーナーシップを持つということだと思っています。そういう文脈では、フリーランスも起業だし、家の家業を継ぐのだって起業です。起業というと、一般的には、法人化して、株を集めて上場するというストーリーがありますが、自分の人生を生きるという選択自体が、広い意味での起業になるんだと思います」
「自分の人生を生きる」が起業だとすれば、誰もが起業と無関係ではいられない。私にとって、「一人じゃどうにもできないけど解決したいこと」や「望ましいと感じる世界の形」はいったい何だろうか。
心が折れながらも前に進まなければいけない
当日の会場には起業家を志す若者も多く集まっていた。彼らにとって、3人は憧れの対象でもあるのだろう。しかし、そんな3人も数え切れないほどの失敗を重ねて今がある。
家入さん「資金調達から採用、株の配分、創業初期に経験した失敗は数え切れません。経験を重ねると、後からどうにでもなるとわかってくるのだけれど(笑)その瞬間は結構つらいんですよね。共同創業するときって『株の配分をきっちり分けよう』とか『絶対俺ら喧嘩しないよな』とか言ってても、絶対喧嘩しますからね」
大柴さんも、株の配分で揉めた経験を「人生で一番辛かった」と振り返る。
大柴さん「4人いた創業メンバーのうち、株の配分をどうするかで僕以外の3人が喧嘩してしまって。毎日お互いの悪口がメールで送られてくる。あの時が人生で一番辛かったかもしれない。せっかく同じ意思を持つ仲間を見つけても、そのコミュニティを安定させるのは本当に難しい」
こうした辛い経験を振り返る起業家の姿をみるとき、私たちはそれがまるで「成功のために必要な苦労」であったかのように感じる。失敗談や辛い体験を語る日を待たずして、起業を諦めてしまった人がいることを忘れてしまうのだ。
家入さん「起業し、継続していくと、想像もできないくらい悪いことが頻繁に起こるんです。その度に、心が折れそうになりながらも、前に前に進んでいかなくてはならない。そんななかで、ポッキリと心が折れてリタイアしてしまう起業家も少なくない。そうなる前に気づいてあげることができたんじゃないかなと思うケースがたくさんあるんです。
起業家たるものハードシングスを乗り越えて当然と思っている人も多いのかもしれない。けれど、そうやってギリギリまで追い詰める前に、助けを求められる仕組みがあってほしい。その方が、その人の人生だけでなく、事業にとっても、必ずプラスになるはずだから」
会社と“逆”のコミュニティが肩肘張らずにいられる場へ
折れてしまう前に気づくためには、起業家が弱さや孤独感を共有するための仕組みや場所が必要なのではないか。家入さんがその課題意識を伝えたのは、オンラインカウンセリングサービス「cotree」を手がける櫻本さんだった。2人が話をした3ヶ月後、起業家向けメンタル支援プログラム「escort(エスコート)」がローンチする。
参考記事:コトリーが起業家のメンタルヘルスを支えるプログラム「escort」をリリース。家入一真氏率いるベンチャーキャピタル「NOW」と連携
櫻本さん「リリースしてから周囲の反応も大きくて、サービス開始から2週間程度で300社から申し込みがありました。これだけ悩んできた人がいたのだと改めて実感しました。
彼らの多くは、従業員や投資家の期待に答え、強い姿を見せなくてはいけないと思っている。誰もが家族や友人に頼れるわけではありません。起業家にこそ、利害関係のない第三者とのつながりを必要としているように思います」
起業家が利害関係のない第三者とのつながりを紡ぐための手段として、家入さんは「お寺の掃除」の例を挙げる。
家入さん「松本紹圭さんというお坊さんがお寺掃除したい人をSNSで募集したそうです。そしたら、集まった参加者のなかで特に多かったのが横のつながりを持てないフリーランスや起業家。彼らはそこで集まり、掃除を通して、交流を深めているんだそうです。
起業だと、会社をつくって、人を集めて、それぞれの経歴やスキルを見て、その人の役割、仕事を決めますよね。でも、お寺掃除はその逆。とりあえず集まった人に仕事があって、そのなかで適性が自然と決まっていく。
会社と逆の順番だから、すべての参加者がちゃんと心地よい居場所に収まっていく。起業家こそ、こうしたコミュニティに所属する必要があるのではないかと思いました」
ビジネスでは、与えられた役割に対して価値を発揮するよう求められる。その価値を発揮できなくなった途端、あたかも自分の“人間としての存在意義”が揺らぐように感じることもある。
お寺掃除に集う人たちは、時間をかけて、心地よい居場所を見出していくコミュニティに属することで、肩肘張らない自分と出会い直しているのかもしれない。
他者との関係のなかで育まれる“自分らしさ”を受けとめる
弱くても健やかに生きる。わたしが想像している“強い”起業家の姿が軽やかにくつがえされていく。しかし、会場の若者は“強い”とは別のイメージを起業家に対して抱いていたようだ。会場からはこんな質問が挙がった。
「起業家には個性が強かったり、強烈な原体験があったりする人が多い気がします。僕のように、自分らしさや個性がはっきりしていない人が起業するのは難しいでしょうか?」
確かに舞台上の3人は個性に溢れているようにみえる。質問者の不安な声に大柴さんがこう語りかける。
大柴さん「やりたいことや好きなこと、自分らしさが何なのか、悩んでいる人は多いですよね。でも、自分のことって想像以上に理解できていないものです。『あなたはこれが得意で、これが好きそうですね』と教えてくれる機会があるといいんだろうなと思います。今、本当に必要とされているのは、好きや得意を教えてくれるサービスなのかもしれませんね」
「他者を介して自分らしさを知る」というアイディアに家入さんも大きく頷く。
家入さん「僕も、自分の内側から自分らしさを見つけるより、周りの人に聞いた方が早いような気がしています。起業家であっても、実は『自分』というものは、空洞で。所属するコミュニティや親しい人との関係のなかで描かれるぼんやりとした境界線らしきものが、他者にとっての自分らしさになっていくんじゃないでしょうか」
2人の言葉にじっと耳を傾ける“未来の起業家”たち。櫻本さんは彼らに向けて、一つだけ注意しておいてほしいことを伝える。
櫻本さん「未来の起業家達にわかっていてほしいのは、私も含め、こうした場に登壇する人たちの方法論を、盲信してしまわないこと。参考にするのは大切ですが、『自分だったらどうするか』、『どうすれば継続した変化に活かしていけるのか』を模索してみてほしいです」
トーク後の会場を見渡すと、何人かで輪になり、議論を交わす“未来の起業家”たちの姿があった。きっとトークの内容を踏まえ、健やかに人生を生きるために「自分だったらどうするか」を考えているのだろう。
「起業家は強くあるべき」や「個性がないと起業家にはなれない」といった思い込みから解き放たれた、明るい表情を浮かべていた。
起業することだって、フリーランスとして稼ぐことだって、会社に勤めることだって、自分の人生を生きることだ。
そうしたなかで、特別に見えるあの人も、ちょっと気の合わないあの人も、きっと自分なりの課題を抱き、解決するために悩んでいる。一見自分とは全然違う生き方をしているように見えていても、誰もが同じようにもがきながら生きている。
そんな想像力を互いに働かせることができれば、きっと“弱い”ままでも、私たちは社会を変えていけるのではないか。イベントを終えた私のなかに小さな確信が芽生えていた。