フラット化する時代に目指すべきは「ゆるやかなチーム」だ
ひと昔前まで、人は「命令すれば動く」ものだった。
もしかするといまだにそう思っている人もいるかもしれないけれど、世界は確実に変化している。
今を生きる私たちは、一生をひとつの会社に捧げるなんてことは幻想だとわかっている。
合わないと思ったら辞める自由もあるし、副業やコミュニティを通して会社の外に居場所を作ることだってできる。
これらは働く側から見れば素晴らしい進化だけれども、マネジメント側から見てみると、「命令する」ことでしか人を動かせない人の周りからはどんどん人が離れていくということでもある。
上司だからとか社長だからとか、立場と権力だけで人を動かせる時代は終わったのだ。
ではこの先私たちは、どうやってチームを動かしていけばいいのだろう。
ヒエラルキーではなく、フラットにつながり合う時代の組織論を求めて、私は神保町にある小さな定食屋「未来食堂」の仕組みを紐解いた。
必要なのは「仲間」ではなく「戦力」
私が未来食堂と出会ったのは2年近く前のこと。
店主・小林せかいさんの初の著書「未来食堂ができるまで」を読み、そのユニークな仕組みに驚かされた。
特に一番興味深かったのは、「まかない」と呼ばれる制度だ。
未来食堂の従業員はせかいさん1人だけだが、毎日4人前後の人たちが入れ替わり立ち代わりでお店の運営を手伝っている。
しかもその報酬は定食の一食無料券。
黒字でも従業員不足のために閉店する飲食店も多い中、「50分働くと一食無料」というインセンティブで人を集め続けられるのはなぜなのか。
さらに、たとえ人が集まったとしても莫大な教育コストがかかるはず。
常にお店にいて、勝手がわかっているはずの正社員の教育ですら頭を悩ませるお店が多いにも関わらず、入れ替わり立ち替わり現れる人たちをどうやって戦力にしているのか。
そのヒントは、せかいさんの新刊「誰でもすぐに戦力になれる未来食堂で働きませんか」の中で惜しみなく披露されていた。
まずこの本が印象的なのは、「仲間」ではなく「戦力」と言い切っているところだ。
「いいチーム」と聞いたとき、私たちがイメージするのはどんなチームだろうか。
和気藹々とした活気のあるチーム?
いつも一緒にいたいと思えるような仲のいいチーム?
辛いことも支え合える信頼のあるチーム?
どれも素晴らしいチームだが、この本が描くいいチームは「誰もが戦力になれる」ことだと定義されている。
そしてそのためには徹底的に仕組みを考え抜くことが必要である、というのがせかいさんの一貫した姿勢だ。
「組織」とは固い言葉ですが、「戦力を活かす仕組み」だと捉えてください。
仕組みが整ってさえいれば、個々人の能力に左右されることなく安定した結果が出せます
「必要なのは戦力」というと能力が高い人だけを選別して採用するかのような印象があるが、実際は逆で、どんな人でも戦力にしてしまう仕組みによって繁盛し続けているのが未来食堂なのだ。
人を動かすのは「空気」
では、具体的にどうすればその仕組みが作れるのだろうか。
本を読んで一番印象に残ったのは、せかいさんが徹底的に「空気」にこだわっているということだ。
例えば、せかいさんは厨房の中で人とぶつからないことを特に気をつけている理由として、安全上の理由とは別に「ぶつかることによって生まれる悪い空気」の面から説明している。
私がまかないさんとぶつかったとしましょう。いくら私に非があったとしても、よりペコペコ頭を下げて謝ってしまうのは、まかないさんのほうではないでしょうか。
自分に非がなかったとしても、自分より肩書きのある人がミスをすると、人はついつい条件反射で自分のほうから謝ってしまいます。
社長と廊下でぶつかったときに謝らない新入社員はまずいません。
つまり、うっかり事故は、事故自体も危険ですが、『上下関係を顕在化させる』ため “悪い空気”を生んでしまうのです
逆に、“よい空気”をうむためのキラーアクションも仕組みとして取り入れている。
「のどが渇いたら別のまかないさんにもお茶を渡す」
「先に休憩いかがですかの声かけをする」
一見何でもないやりとりのように見えるこれらのアクションも、仕組みとして取り入れることでまかないさん同士の空気が目に見えて良くなり、チームとして動きやすくなるのだという。
仕組み化は昔からいろんなところで語られているけれど、その大半は「最速で結果をだすこと」を意識したものだ。
かくいう私も、これまで仕組みというものを効率化の視点でしか考えていなかったので、よい空気をうむためのキラーアクションを考え抜くせかいさんの姿勢に「そこまで仕組み化できるのか」と驚いた。
いい空気を作る仕組みといえば、会社の場合はランチや飲み会など交流を活性化させるための施策を思い浮かべる人も多いだろう。スタートアップでは海外の成功事例も参考にしながら、社員同士が交流しやすくするための仕組みを積極的に取り入れているところも多い。
私は長らくこうした施策がもてはやされることに違和感を持ってきたのだけど、この本を読んでその理由がわかった。
交流のきっかけを作ることは「場づくり」であり、「仕組み化」ではないからだ。
もちろんお互いの顔が見えるようにすること、気軽に話せる雰囲気づくりは重要だが、場をつくることは参加者などの変数が多い分、必ずしも再現性のある施策にはなりえない。
それよりも日々の業務の中で空気が悪くなる要素をどう取り除くか、そして単に「感謝を伝えあいましょう」と言うだけではなく、自然に感謝の受け渡しが起きるようにどう仕組みでアプローチするかを考え抜くことの方が、いい空気を確実に保ち続けられるのだ。
単に誰でもできる仕組みを作るだけではなく、さらに成長意欲をもって自律的に動いてもらうための空気すらも仕組みで作る。
徹底した仕組みへのこだわりが、未来食堂の強さを生んでいるように思う。
仕組みは人の根源的欲求から考える
本を読んだ後、せかいさんにこんな質問をしてみた。
「キラーアクションは、作ろうと思って作ったのですか?それとも、やってみた結果『これはキラーアクションかもしれない』と気づいたのですか?」
せかいさんの試行錯誤の変遷が知りたかったからだ。
すると、せかいさんは少し考えたのち「うーん、強いて言えば前者かな」と答えてくれた。
「嬉しいと思うポイントって人によって違うけど、どんな人でも共通して嬉しいこともあるはずだと思って。だからそれは何なんだろうってずっと考える中で、人の根源的欲求に根ざしたものはどんな人でも嬉しいんじゃないかと気づいたんですよね」
前述の例で言えば、喉が渇く、お腹がすくといったことはどんな人にも起きる。
だからこそその欲求を他者が埋めてくれたとき、感謝の気持ちが起こり空気がよくなるのだという。
さらに、本には書かれていなかったもうひとつのキラーアクションも教えてくれた。
それが「名前を呼ぶ」ということだ。
「名前を呼ぶことの効果は2つあります。ひとつは相手が必ず反応してくれるということ。どんなに騒がしくても忙しくても、人は自分の名前を呼ばれたら気づくし、一瞬手が止まるんですよ。だから作業をお願いするときは必ずはじめに名前を呼びます。
そしてもうひとつの理由は、名前を呼ばれることによって必要とされていると感じられること。『誰でもいい』ではなく、『あなたにお願いしたい』と言われた方が、やる気がでると思いませんか?」
さらに、初めてまかないを経験した2人に話を聞いてみると「常に気にしてもらえている感じがした」という感想が印象的だった。
「ちょっと手が空いたり戸惑ったりしていると、すぐに察知して『次はこれをやってください』『こうするといいですよ』とせかいさんが声をかけてくださるので安心して取り組めました。ちゃんと見てもらってるんだなって」
特に初めてまかないを経験する人は迷惑をかけたくない気持ちが強いからこそ、手持ち無沙汰になったときでも自分から声をかけられないことが多い。
こうした声かけの気遣いもまた、人の感情から逆算した振る舞いのひとつと言えるだろう。
人の根源的欲求に根ざした仕組みを作ると同時に、メンバーが安心できる環境を作ること。
それがいい空気を作り続けるためのコツなのかもしれない。
「合わない人」は早い段階でフィルタリングする
読了後に私がもうひとつ疑問に思ったのが「合わない人がやってきたらどうするのだろう」ということだ。
未来食堂のまかないは、誰でも申し込むことができるため、時にはノリが違う人や合わないなと感じる人もやってくるはず。
いくら仲間ではなく戦力を集めるといっても、空気を悪くするような人がきたら困ってしまうのではないだろうか。
この疑問をせかいさんにぶつけてみると、「誰でも申し込みができること」と「申し込みのハードルが低いこと」は違う、と教えてくれた。
未来食堂のまかないは誰でも申し込むことができるが、初回は必ず店頭にきてせかいさんに直接希望を伝えなければならない。
やりとり自体は数秒で終わってしまう簡素なものだが、そのときの空気で本申し込みをしない人が一定数いるのだという。
「未来食堂はテレビや雑誌にもよく出ているし、『誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所をつくる』という理念に感動してきてくださる人も多いので、はじめの期待値が高いんです。
でも、私の対応があまりにあっさりしているから拍子抜けする人も多いみたいなんですよね。
『もっと感動されると思っていた』と言われることもあります。
ただ、期待値の高さはそれが裏切られた時に嫌悪になりますし、さらに我慢することによってその憎悪は増幅してしまう。
だからこそはじめの時点で期待値を合わせる必要があるんです」
未来食堂では選考らしい選考は皆無だが、普段通りの姿を見せることで「違うな」と思った人はそのまま離れていき、自然と人がフィルタリングされていく。
「以前まかないさんに、『あの申し込みのハードルをくぐり抜けた同士だから』と他のまかないさんに連帯感を覚えると言われたこともあります」とせかいさんは笑う。
誰でも“戦力”になる場所であるためには、ただオープンであるだけではなく、一緒に働くための目線合わせも必要不可欠なことなのだ。
「ゆるやかに」チームであり続ける
未来食堂が作っているチームは、いわゆる「会社」とは違う。
シフトの強制力もないので誰がいつ手伝いにきてくれるのかもわからないし、はじめてまかないに入る人が半数を占める日だってある。
アルバイトを雇った方が楽なのではないかと思ってしまうが、未来食堂は3年以上もの間この「ゆるやかなチーム」によってお店を回し続けている。
そしてこの「ゆるやかなチーム」は、業種を問わずこれからの時代に必要とされる働き方なのではないかと私は考えている。
雇用の流動性が高まっていく動きはもう止められない上に、国内の人口が減っていく中、人手不足はますます深刻になっていく。
今コミュニティが盛り上がっているのも、仕事になるような明確なスキルがなくても面白いことに関わりたい、自分なりに価値を発揮したい人がゆるやかにチームを形成していることの現れなのではないかと思っている。
私が運営しているコミュニティではまだ今のところ仕事らしい仕事は発生していないけれど、各分野のエキスパートが集まっているからこそ、ここから何かできないかと考えている最中でもある。
昔だったらまずはやりたいことが先にあって、そのために人を募集するという順番だったのが、思想や世界観に共感した人たちの集まりから何をできるかを考える、という風に変化しつつあるのが面白いなと思う。
どこでも誰とでも働ける自由を得たとき、人が働きたいと思うのは上から命令されて嫌々やらされる場所ではなく、自分の目的を達成するのに近い場所、自律的に動くことで成長実感を得られる場所だろう。
しかもそれは必ずしも一箇所に限定する必要はなく、フリーランスになったり副業として関わったりと、「人が働く場所を選ぶ」時代になっていく。
つまり上下関係によって支配できた時代は終焉を迎え、フラットでゆるやかなチームこそが本当に優秀な人を集め、結果を出す時代に突入しつつあるのが今という時代なのではないだろうか。
ただし、とびきりのエースが見つかる日を待ちわびるのではなく、誰もが戦力になる仕組みを自分で考え抜く必要がある。
そのための「考えるヒント」が、この本にはたっぷり詰まっている。