「変革期」のカルチャー形成と浸透

2019年8月27日、PR Table Community主催で「強いカルチャーを醸成する社内広報 ーー企業の変革期を支えたPRパーソンに迫る」が開催された。登壇した企業は、グッドパッチとツクルバの2社。

両社はここ数年で急速な成長を遂げた組織だ。社員数はいずれも100名を超え、組織の変革期であるいわゆる「30・50・100人の壁」を乗り越えた経験を持つ。組織がうねりをあげて進化する中で、その荒波に揉まれながら独自のカルチャーを作り上げ、浸透させてきた立役者たちが登壇した。

登壇したのは、株式会社グッドパッチ執行役員 経営企画室長 兼 事業開発室長 柳沢和徹さんとPR/PXグループマネージャー高野葉子さん、株式会社ツクルバの代表取締役CCO中村真広さんと採用マネージャー小林杏子さん。モデレーターは、株式会社PR Table の小林 祐太さんが務めた。

「変革期」にどうカルチャーを構築し、浸透させたのか。同イベントで語られた内容をお伝えしたい。

ボトムアップでのバリュー構築が組織を変えた

イベントはグッドパッチの「変革期」について、経営企画室の柳沢さんが説明するところから始まった。

「グッドパッチは約2年半ほど前、組織がほぼ全て崩壊しました」

代表取締役の土屋尚史さんが2019年に公開したnoteにも書かれている通り、同社はカルチャー浸透の失敗により、一度組織崩壊を経験した。2016年、社員数が70名を超えた頃だった。

この頃、社員数が急増したことで組織はまとまりを失い、日々のコミュニケーションでも齟齬が大きくなっていた。なんとか組織を一つにまとめようと新しくバリューを制定するも、浸透しない状況が続いていたという。

柳沢さん「状況を大きく悪化させたのが、バリューを基準とした評価制度の導入でした。バリューへの納得感が高まる前に給与に反映させたことで、反発を招いてしまったのです。結果として多くの社員の心が離れ、組織は完全にまとまりを失っていきました」

この出来事をきっかけに大量の離職も発生。社内の雰囲気が悪くなるにつれて、組織をまとめるはずのマネージャー陣からも反発が生まれる。最終的にはCFOを始め、管理部門のメンバーもほぼ全員退職する事態に陥った。

株式会社グッドパッチ 執行役員 経営企画室長 兼 事業開発室長 柳沢和徹さん

この事態を収束させようと、柳沢さんをはじめとする経営企画室のメンバーが取り組んだ施策が、バリューの再構築だった。

柳沢さん「バリューの浸透に失敗した原因は、トップが作成し、納得感の低いまま一方的に押し付けてしまった点にあった。そこで再構築の際には、社員からの意見を吸い上げ、ボトムアップで作り上げることを何よりも大切にしました」

まずは、再構築に協力してくれるメンバーを募り「Value Commite」を設立。この仲間とともに、全社員から「今大事にしていること」「変えたいこと」「これから新しく手に入れたいこと」の3つの意見を募った。集まった900あまりの意見を元に、徐々に新しいバリューを作り上げていったのだ。新バリュー完成後は、経営企画室の高野さんを中心に様々な浸透施策を実施した。

結果、2019年上期にはバリューの浸透率は8割を越え、社員のエンゲージメントスコアも大幅に改善。グッドパッチの事例は、企業の変革期をバリュー形成、浸透が支えた好事例と言えるだろう。

(※ このバリュー再構築と浸透については、代表取締役 土屋さんのnoteや、柳沢さんのnote、FastGrowの記事に詳しい経緯が書かれているため、ぜひご覧いただきたい)

一人ひとりが自発的にカルチャー生み出す組織作りを

「『場の発明』を通じて欲しい未来をつくる」を理念に掲げるツクルバにとっての「変革期」はいつだったのだろうか。

ツクルバが企業理念やクレドを制定したのは2015年。ITを活用したリノベーション住宅の流通プラットフォーム「cowcamo」立ち上げに向けた資金調達のタイミングだった。つまり、事業拡大に伴い社員数が増える前に、カルチャーの形成と浸透をはかったのだ。

そこから組織・事業とも順調に成長を重ね、2019年にはマザーズ上場まで至る。現在は、次なる組織の在り方を探る「変革期」を迎えるタイミングだという。

そんなツクルバは、今、カルチャーの根底に「コミュニティ経営」という思想を据えている。このコミュニティ経営について代表取締役CCO 中村 真広さんはこう語る。

中村さん「コミュニティ経営とは、事業体としての会社と、共同体としての会社。その2つの側面を共存させながら経営を行うものです」

左:株式会社ツクルバ 代表取締役CCO中村真広さん/中央:同社 採用マネージャー小林杏子さん/右:株式会社PR Table の小林祐太さん

企業には、従業員や顧客、株主といった多様なステークホルダーがおり、それらがヒエラルキー的な構造をとりながら利益追及に向けた活動を行うことが一般的だろう。これがいわば「事業体としての会社」だ。

一方、ツクルバの根底にあるのは「会社の共同体的側面」だという。

中村さん「雇用する・される、投資する、されるといった『向き合う関係性』ではなく、全てのステークホルダーが『一緒に前を向く』関係性であることが共同体の特徴だと考えています。利害関係者であるというよりも、仲間といった方がいいかもしれません」

ツルクバカルチャーの根底にある「コミュニティ経営」の考え方

企業に関わる人を利害関係者ではなく仲間と捉える「コミュニティ経営」の思想は、ツクルバのカルチャー形成にも大きな影響を与えている。

中村さん「事業体としての企業であれば、一人ひとりが決められたことを行なっていてもいいかもしれない。でも、共同体としての企業を作ろうと思った時、それでは足りないと感じました。まずは、一人ひとりがツクルバでやりたいこと、やった方がよいと思うことを自発的にできる環境をつくる。これができればメンバーの行動が積み重なって、よりフラットな関係性に基づくカルチャーが形成されていくと考えています」

カルチャー浸透施策に見る両社の違い

グッドパッチは組織崩壊時に、ツクルバは事業拡大時において、変革期を乗り越えるべく、それぞれのビジョンやミッション、バリューを定めてきた。

しかし、ビジョンやミッション、バリューはただ作るだけでは意味がない。両社では、これらをどのように組織に浸透させていったのだろうか。

グッドパッチでは、全社総会や月末の社内懇親会「Pizzapatch」といったインターナルイベントだけでなく、オンボーディング施策やグッズ製作などバリュー浸透のための施策が常時10以上走っていた。

これらの施策実施にあたり、最も大切にしているポイントは「きめ細かなPDCA」だと高野さんは話す。

高野さん「例えば、毎月末に開催している社内懇親会『Pizzapatch』はこれまで数えきれないほどの改善を繰り返してきました。アンケートやヒアリングを重ね、開催日時や時間帯を変えてみたり、コンテンツやケータリングを工夫してみたり。その結果、改善を始めたばかりの頃に比べ参加者も満足度も2倍になりました」

株式会社グッドパッチ 経営企画室 PR/PXグループマネージャー 高野葉子さん

一つひとつの施策の満足度が低ければ、目的は達成されない。だからこそ、どの変数を変えたら満足度が向上し、意味のある場になるかを考え、地道な改善を積み重ねる必要があると高野さんは話す。

またそれぞれの施策の満足度を高めるだけでなく、各施策がバリューの浸透にしっかりと繋がっているのかの確認も怠らない。

高野さん「弊社では、バリュー浸透度を『認知層』『理解層』『行動層』に分類しています。そして3ヶ月に一度サーベイを行い、『自分はどの層に当てはまるのか』を社員に自己評価してもらう。結果を見ながら、それぞれの施策に効果はあったのか、行動層を増やすためには新たにどんな施策が必要なのかを検討しています」

グッドパッチは、デザインの会社だ。だからこそ、理想の組織状態へのプロセスを秩序立てて考え、コミュニケーションをデザインする。「カルチャーは直接創れない」と話すグッドパッチだがカルチャー醸成におけるきめ細やかなPDCAにはそんな思いが込められていると言う。

一方、ツクルバのカルチャー浸透において、最も大切にしているのは「メンバーの自発的な場づくり」と「共有体験」だ。

中村さん「僕たちは共同体としてのツクルバを目指しているので『浸透する、される』というヒエラルキー的な関係性に基づかないカルチャー浸透を模索しています。そのためには、カルチャーを体現するシチュエーションを作って、みんなでその空間・時間を共有し、思い出を作るフラットな場が必要なのかな、と。頭ではなくて、体でカルチャーを感じる瞬間を多く作ることで、自然とカルチャーが浸透している状態を作りたいと思っています」

ツクルバではコーポレート主導のイベントだけでなく、社員が自発的に開催するイベントも多いと中村さんは話す。先日もウイスキーが好きな社員が試飲会を開いたり、山形出身の社員が芋煮会を開くなど、個性的なイベントが開催されたと言う。

中村さん「メンバーが自分の『やりたい』を解放した場を作ることをツクルバとして肯定したい。そして、自分が欲しい場を作り、その場を一緒に楽しんだ共有体験が、結果としてビジョン「『場の発明』を通じて欲しい未来をつくる」の納得感に繋がり、カルチャー形成の土台になっていくと思うんです」

ツクルバは、最初の事業であるシェアードワークプレイス「co-ba」の時代から、コミュニティが自発的に生み出す熱量を目の当たりにしてきた。だからこそ、カルチャー浸透施策の根底にも、カルチャーは「作る」ものや「押し付けるもの」ではなく、コミュニティによって自発的に「生み出される」ものだという意識がある。

あくまで会社としては、コミュニティメンバーがカルチャーを生み出すサポートに徹する。そして、生み出されたカルチャーを組織で共有しやすい形にするために、ビジョンやミッション、クレドといった「言葉」を与えていく。それがツクルバ式のカルチャー浸透施策なのだ。

カルチャー浸透において外せない「インフルエンサー」とは?

カルチャーの形成や浸透は一朝一夕には成し遂げられない。これまで語られてきたような地道な施策を推進する社内の旗振り役、いわばインフルエンサーが必要となる。

イベントの最後には、カルチャー浸透施策において外せない「インフルエンサー」の存在について意見が交わされた。

組織崩壊をカルチャー形成によって乗り越えようとしたグッドパッチの場合は、組織が良くない状態でも会社への愛を持ってめげずにやり遂げられる高野さんのような人材が施策推進の要となったと柳沢さんは語る。

柳沢さん「組織の状態が悪い時は、カルチャー浸透などの成果に直結しづらい施策には賛同が集まりづらいんですよね。まさに、グッドパッチの組織崩壊期もそうでした。そんな中でもカルチャーが浸透した後の組織像を明確に描き、周囲の批判にもめげずに泥臭い施策をやり遂げられる高野のような存在は大きかったですね」

一方、メンバーの自発的な行動からカルチャーを生み出し、さらなる組織の成長を目指すツクルバのインフルエンサーついて小林さんはこう話す。

小林さん「コミュニティから自発的にカルチャーが生み出されるためには、最初に手をあげてやりたいことをやる人が必要です。最初に手をあげる人のことを中村はよく『真ん中で裸踊りをする人』と表現するのですが(笑)、楽しそうな人の周りには自然と人が集まってくるんですよね。だからこそいかに『裸踊りができる人』が多く生まれる状態を作るのかが、カルチャー形成の鍵になると思っています」

そのために、組織側ではメンバーの後方支援に注力する。イベントを行いたい気持ちはあっても、場所や予算、協力者がいない人のために、コーポレートとして場所を貸し出したり、費用を負担する取り組みを始めているという。

グッドパッチとツクルバの事例を見ていると、組織の状況や目指す方向によって、カルチャー形成・浸透において巻き込むべきインフルエンサーは異なると分かる。組織に必要な人材を見極め、コーポレートとしてその人材をどう巻き込むかはカルチャー浸透における重要なポイントとなりそうだ。

グッドパッチとツクルバの事例を見ると、カルチャーの形成や浸透の仕方には大きな違いがあることが分かる。つまり、どの組織でも通ずる「ハウツー」がある訳ではない。組織の変革期を支える強いカルチャーを形成し、浸透させるための特効薬は存在しないと言ってもいいだろう。

しかし、強固なカルチャーの形成と浸透が、両社をまとめ前進させるために重要であったことは確かだ。

だからこそ、どの企業であっても、他社の事例を参考にしつつ、自社のフェーズや目指すべき理想の組織像を見据え、地道に自社にあうカルチャー形成と浸透の方法を探っていかねばならない。それが企業の変革期を乗り越え、組織を前進させる上で、何よりも重要なのではないだろうか。