いつのまにか、すぐそこに迫っている2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、人間の身体をアップデートしようとするテクノロジーの動きも注目されるようになり、より活発になっている。

機械補綴や人体改造を通じて「人間を超えた存在」を志向する態度として理解される「ポストヒューマニズム」に、僕は強く共感はしない。最近はどちらかというと、生身の身体や機械化されることによって浮かび上がる人間理解などのほうが関心がある。だが、テクノロジーによる身体拡張を否定するわけじゃない。

次世代型電動車椅子を開発するWHILL、アスリート向けの美しい義足を開発するXiborg、電動義手を開発するexiiiなど、様々なプレイヤーがテクノロジーとデザインをかけ合わせて身体障害のある人々のためのデバイスを発明してきた。

彼らの活動は価値観をアップデートするものだった。

視覚障害者の「読む」能力を拡張するデバイス

後に続くプレイヤーもいる。視覚障害者の「読む」能力を拡張する眼鏡型機器「OTON GLASS」の研究開発・製造販売を行うオトングラスもその1つだ。

彼らは2014年8月に創業し、スタートアップとして文字を読むことに困難を抱えるすべての人をサポートする機器の開発と普及に取り組んできた。

彼らが開発する「OTON GLASS」は、視覚障害者を主な対象ユーザーとしている。眼鏡に内蔵したカメラで撮影した文字をクラウド上の画像処理エンジンを用いて音声に変換する。OTON GLASSをかけて、読みたい文字のほうを向き、そのままボタンを押すと、書かれた文字が音声として読み上げられる。

2017年から受注生産による「OTON GLASS」の個別販売も開始しており、2018年6月には兵庫県豊岡市において日常生活用具給付等事業の対象として認定され、視覚障害者が自治体からの補助を受けて安価に購入できる事例も生まれているという。

こうしたデバイスは普及が課題となりやすい。生産や流通、カスタマーサポート等も含めて、より多くの人に使ってもらうための環境を整えるのは、発明するのとはまた違うハードルがある。

ジンズからの資金調達と事業協力による広がり

オトングラスは、そのハードルを超えるための一歩を踏み出した。株式会社ジンズを引受先とする第三者割当増資による資金調達を実施し、JINSとの事業協力を開始したのだ

「文字を読むことに困難を抱えるすべての人に『OTON GLASS』を届けるというミッションを遂行するため、眼鏡の製造販売やセンシング・アイウエア『JINS MEME(ジンズ・ミーム)』開発の実績を持つJINSと対話を重ねるなかで、両社のビジョンが共鳴するものであったことから今回の事業協力が実現した」と、オトングラスは発表の中で述べている。

その他、今回の事業協力によって従来製品に新たな可能性を見出し、眼鏡のつるに取り付けるアタッチメント型の新モデルを開発。受注生産を開始しており、公式サイトから注文を受け付けている。今後は量産化に向けた体制作りや、眼鏡のかけやすさ・デザイン性の向上など、JINSのノウハウを活かした支援を多くの面で受けながら、事業の成長に取り組んでいくそうだ。

小さく始まり、徐々に浸透する

「OTON GLASS」は、代表の島影圭佑さんが「失読症(ディスレクシア)」を患ったお父さんのために開発したものだ(それがそのまま製品名になってもいる)。

たった一人の「大切な人のために」という想いから生まれたハードウェアが、より広い課題に対するソリューションとして進化し、ビジネスを通じてさらに多くの人の元へと届けられる。

こうした起業が増えると、社会の課題が解消されると同時に、既存の価値観がアップデートされていく。