最近、時間が自分からすり抜けてるような気がします。人生の一部が自分から抜け落ちたような、そんな感覚です。
トリスタン・ハリス『注意散漫を防ぐより良い技術』
館内放送が流れる。「上映中は携帯電話の電源はお切りください。」
指示に従って、iPhoneの電源ボタンを長押しする。椅子に深く腰掛けて、じっと目の前の画面にじっと集中する。しばらくすると電気がゆっくり消えて、映画の上映が始まる。
子供を産んで、一人で外出することがめっきり減った私は、約二年ぶりに映画館で映画を見た。見終えた後、映画館を出て太陽に目を細めながらiPhoneの電源を入れた時、なんだか少し、寂しかった。
なぜなら、家で見る“映画”はいつだって子供の泣き声やスマホの通知と隣り合わせで、結局流し見することになるから。だからこそ、上映時間たっぷり、映画とだけ向き合える映画館での時間はこれまでにない充実感を私にもたらしてくれた。
しかし、このちょっとした充足感を、スマホを身につけて得るのはなかなか難しい。何かに集中しかけた矢先、SNSから通知が届く。「確認のため」開いたそれをなかなか閉じれないのは、もはやご愛嬌というしかない。
便利さの代償に、時間を吸い取っていくテクノロジーにうんざりしたことがある人は少なくないはずだ。そして、そろそろみんな気付き始めている。
「この“無駄”な時間をもっとうまく使えれば世界はもう少し良くなるんじゃないだろうか?」
Google元幹部が提案する「Time Well Spent」で人生をよりよく生きる
そもそもなぜそんなにスマホを頻繁に見てしまうのだろう?
私が欲望に正直だから?それももちろん(というか大いに)あるだろう。
しかし、SNSなどのアプリケーションが、利用者になるべく長時間見てもらうために設計されているということを忘れてはならない。その理由は簡単だ。長く見てもらった方が儲かるのだから。
スマートフォンと私たちを取り巻く状況に、疑問を投げかけた人物がいる。Googleの元幹部、トリスタン・ハリス氏だ。
彼はTEDの講演で人々に問いかける。
「テクノロジーを評価する尺度に時間以外のもの——例えば、ユーザーが利用している時間を有意義に使えたかどうか——を与えることで本当の人間的な価値を創出できるとしたらワクワクしませんか?」
そしてこう続ける。
「企業リーダーは人間的な価値を生み出す尺度を最優先し、デザイナーはデザインを再定義し、全ての利用者がきちんと意思表示をすれば、明日にでも世界は変わります。
費やした時間(Time Spent)に基づいて様々なものが方向付けられ、運用される世界から、上手く過ごした時間数(Time Well Spent)が人や物を動かす世界へとシフトするのです」
彼はネットの利用時間を経費とし、楽しめた時間から検索に費やした差し引きの時間を新たな価値「Good Times」として提案した。
この講演から4年が経ち、ハリス氏の古巣であるGoogleが世界を変えようとしている。それが「Digital Wellbeing」の取り組みだ。
“無駄”な時間とうまく過ごした時間を可視化することで、人間的な価値の向上に貢献する
「Digital Wellbeing」は、今年5月、サンフランシスコで開催された「I/O カンファレンス」にて、Googleが発表したアプリケーションだ。
このアプリでは、各コンテンツに対するユーザーの滞在時間・時間帯やデバイスのオン・オフの回数、タイミングを計測し、より効率的なデバイスの使い方を提案してくれるという。
これまではβ版として提供されていたが、11月20日に満を辞して正式リリースされた。このアプリを利用できるのは「Android 9 Pie」を搭載したPixelおよびAndroid One端末だ。
β版からの大きな変更点は、アプリごとの使用時間の上限設定(アプリタイマー)機能がついたことだろう。
このアプリタイマーはトップページに表示されるダッシュボードから設定できる。アプリの利用時間が上限に達すると強制的にアプリは停止されるということだ。
さらに「Digital Wellbeing」では、スマホを開く回数や通知の回数も計測してくれる。数値を可視化することでユーザーにより効率よくスマホを使う方法を考えるきっかけを与えるのだ。
映画館で映画を見るように、遮るものなく目の前のものや人と向き合うことは、私たちに思いもかけない充足感をもたらしてくれる。スマートデバイスによってつい細切れな時間を過ごしがちな現代人だからこそ、その充足感を味わった時の感動が大きいのかもしれない。
テクノロジーは「スマホ依存」の私たちを救う?
スマホブームの火付け役となったiPhoneが販売されて10年。「Digital Wellbeing」と同様にアップルもスマホを触っている時間を可視化する「スクリーンタイム」をiOSに導入した。
私たちは目の前のテクノロジーの便利さに夢中になり、自らのスマホ依存に気づくために多大な時間を費やしてしまった。だが、そんな私たちを救うのもまた、テクノロジーなのかもしれない。