幼いころ、眠れないときに聴いていたのは、母の子守唄だった。

いつもより低く、ゆったりとした声。歌詞の一部には、私の名前が入っている。耳をなでるように優しいその唄は、魔法のように私を夢の世界へ誘った。

大人になった今、寝つきが悪いときでも隣から聴こえてくる唄はない。かつて母が守ってくれた心地よい眠り。あの頃のように、音楽が快適な睡眠を導くことは二度とないと思っていた。

このニュースを聞くまでは。

アメリカに本社を置く音楽機器ブランドのBoseが、睡眠のための無線イヤフォン「Sleeppuds」を米国・カナダで21日から発売している。

イヤフォンといえども、従来のように音楽を楽しむわけではない。睡眠時に装着することで、独自の技術である「ノイズマスキング」により外界の音を遮断し、睡眠向けのサウンドトラック(10種類)を流すのだ。

サウンドトラックには、水の流れる音・木の葉が風によそめく音など、質の良い睡眠へと導く穏やかなサウンドが揃っている。

トラックの種類は、専用アプリのアップデートにより増えていく見込み。アプリと連携することにより、サウンドの選択・音量調節・アラーム設定などが可能になるのだとか。

注目すべき点は、その着け心地。幅が約1cm・重さは1つ1.4gという「Sleeppuds」は、柔らかい素材でコーティングされ、横向きに寝ても耳に違和感がないように設計されている。

もちろん、寝返りの影響でイヤフォンが耳から外れてしまうこともない。アルミニウム製の専用充電ケースを使えば、1回の充電で16時間持続するのも安心だ。

気になる価格は249ドル(約2万7,500円)。決して安価ではないが、質の良い睡眠が生活にもたらす利益は大きいのではないだろうか。今秋には、アジア太平洋地域でも発売する計画だ。

今年の2月にBoseが買収した米国のスタートアップSync Projectが提供する音楽作成サービス「Unwind」も、睡眠という分野に踏み込んだもの。就寝前のユーザーの心拍数から気分を和らげてくれる曲をカスタマイズすることで、快適な睡眠へと導いてくれるサービスだ。

使い勝手は非常にシンプル。「Unwind」の公式サイトに直接アクセスし、『Begin』と表示されたボタンを押す。スマートフォンを心臓に近づけ、静かに20秒間待てば、その時の心拍数から最適なリラックスできる音楽を流してくれる仕組みだ。

実際に使ってみる。使用時の筆者の心拍数は66。ブラウザ上に表示された曲の再生ボタンを押すと、非常にゆったりとした曲が両耳のイヤフォンから流れてきた。再生される音楽は全て微妙に異なっている。曲に集中していると、次第に頭の中がぼーっとしてくる。余計なことを考える前に寝落ちしていた。

これまでにも、「睡眠用BGM」や「リラックスできるBGM」と題したプレイリストは世の中に溢れていたが、決して万人に適するものではなかった。それは「Unwind」においても言えることだが、個人の心拍数に合わせて選曲するというシステムであれば、より精度の高いものであることが期待できる。

日本生活習慣病予防協会によれば、日本人成人のおよそ20%が慢性的な不眠に陥っているという。決して少なくはない数字。音楽の持つ力が、どこまでこの数字をゆるやかに下降させていけるだろうか。「音楽×睡眠=」の方程式が生み出す解は、まだ分からない。

ただ、大人になった私たちの耳を撫でる、“優しい子守唄”になることを願う。