北米を中心に、スタートアップが街づくりに参入する事例が増えている。彼らは、文化や人種、働き方など、都市が持つ多様性のなかに、イノベーションを起こす手がかりを見出そうとしているのだ。

2015年には、Googleの親会社が「Sidewalks Lab(サイドウォーク・ラボ)」を設立、テクノロジーを用いて、都市課題の解決に挑んでいる。日本でもニュースを見聞きしたことのある人は多いかもしれない。彼らは現在「Sidewalks Lab」はカナダのトロントでウォーターフロントエリアの開発を行なっている。

ZAPPOSがつくる「クリエイティブワーカーの聖地」

そんな「Sidewalks Lab」と同様、大きな野望を掲げ、都市開発に取り組んでいるプロジェクトがある。アメリカ最大の靴ECサイト「ZAPPOS(ザッポス)」が、ラスベガスのダウンタウンで行なっているダウンタウン・プロジェクトだ。

「ZAPPOS」は、日本での知名度こそ低いが、創立から数年でAmazonに「ZAPPOSには叶わない」と言わしめた気鋭のスタートアップだ。充実した顧客サポートでユーザーを夢中にさせている。

CEOのトニー・シェイは、元々街づくりなど興味はなかったというが、ラスベガス市からの度重なるラブレターに応えて、プロジェクトを開始。3.5億ドル(約400億円)もの私費を投入し、2012年からたった5年間で「世界一コミュニティを大切にした都市」の完成を目指してきた。

もともとラスベガスの中心市街地であったダウンタウンエリアは、新市街地であるストリップの興隆に伴い、徐々に衰退が進んでいた。ラスベガスを訪れる日本人観光客も、旧市街地であるダウンタウンにわざわざ足を運んだことがある人は稀ではないだろうか。「ダウンタウン・プロジェクト」は、そんな閑散としたラスベガスのダウンタウンを、スタートアップやクリエイティブワーカーの聖地へ変貌させようとする、“ユートピア的”都市構想だ。

日本でも、福岡を筆頭に、ベンチャー企業を誘致する政策に力を入れている都市は少なくない。世界でも似たような事例は多くある。しかし、ダウンタウン・プロジェクトが特別なのは小さく試し、素早く検証する、“リーン”な開発手法を街づくりに応用しようとしてきた点だ。街そのものを一つの企業として捉え、「スタートアップとしての」都市をつくろうとしたのだ。

しかし、ひとつの街がたった5年で完成するはずもなかった。理想とは程遠い現状に、各方面から失望の声があがっている。失敗の原因は、いったいどこにあったのだろか。各メディアからの批判のみならず、トニー・シェイ自身の分析も踏まえて、大きく2つの点をかいつまんで紹介したい。

地元住民は仲間はずれ

一つの要因は、地元住民が置いてきぼりであった点だ。

トニー・シェイの個人的な働きかけもあり、5年間で約300人もの起業家がこのプロジェクトに参加してきた。ローカルビジネスを発展させるためにレストランのシェフを起用したり、都市に必要なインフラの一つである医療施設を作るために医者を移住させたりと、多くの才能がラスベガスに集まった。2013年には、「ZAPPOS」の本社もラスベガス近郊のヘンダーソンからダウンタウンへ移転した。

もともとは、ほぼ何もなかった場所に、続々と人々が集まった。1999年の創業からたった10年で、社員数1,500人、年商10億ドルを超えるまでに成長した「ZAPPOS」ならではの素早い発展ではあった。トニー・シェイは、バーニングマンやSXSW、TEDなど、世界中から多彩な人々の集うイベントに足を運んでは、リクルーティング(つまり、ラスベガス・ダウンタウンへの移住)に励んでいたという。

しかし、もともとラスベガスに住んでいた一般地元住民は、プロジェクトの対象として扱われてこなかった。結果として、「ZAPPOS」の社員文化にフィットする、クリエイティブな人達ばかりが集まってしまった。コロンビア大学のLeah Meisterlin助教授は、この状態を「反公共的なアーバニズム(Antipublic Urbanism)」と呼んで批判をしている。

多様性や混沌とした人の集まりが都市を特徴付けるとしたら、クリエイティブ人材だけが集まるダウンタウンは、本当の意味での「都市」と言えるのだろうか。

手頃な住宅の欠落

トニー・シェイ自身が説明するもう一つの失敗の要因として、手頃な価格で住める住宅が足りていなかったことがあげられる。そもそも、人が住んでいない状態では、レストランやバーなどのビジネスがあったとしても、経営が成り立たない。そのため、現在急ピッチでアパートメントの建設が進んでいるという。

「プロジェクトの初期から住宅づくりには注力すべきでした」とシェイは語る。一方で、何もコンテンツがない場所に、人々は住みたがらないのも事実だ。

住宅、ビジネス、エンターテイメント、それらをつなぐ交通。それぞれの要素のバランスがうまく取れないと、都市としての機能がなりたたない。この失敗からは、そんな教訓が浮き彫りとなった。

「生産中の未完成品」としての都市

ダウンタウン・プロジェクトは、トニー・シェイにとって初めての大きな失敗だったと言われている。実験的なこのプロジェクトの意義は、この「失敗」にあったのではないだろうか。

5年間で完成しなかったとはいえ、ダウンタウン・プロジェクトの挑戦は今も進行中だ。トニー・シェイは「他のスタートップ企業と同じように、準備中(work in progress)だ」と説明している通り、実際、どの都市も「生産中の未完成品」なのではないか、とも思う。

都市というものは、人々のリアルな日常であり、乱雑で多様で、よく分からない隙間や闇もある、生き物だ。都市を都市たらしめているものは何なのか?それは一から我々が作れるものなのか?そんな問いを、良くも悪くも挑発的に投げかけるダウンタウン・プロジェクトの今後に、これからも注目したい。

img: DTP