リベラルと保守の間に溝は深まるばかりで、真ん中には誰もいない。お互いを理解したり、妥協点を探すような取り組みもほとんどない——。

2018年10月15日、ニューヨークで活躍するフリージャーナリスト津山恵子氏をゲストに迎えたトークイベント「URBAN CATALYST(アーバンカタリスト)都市はいかにしてアイディアの触媒になれるか vol.5」が開催された。

同イベントは「都市の進化に向けた世界中のアイディアとチャレンジ」をテーマに、都市にスポットをあてた雑誌「MEZZANINE(メザニン)」の編集長 吹田良平氏が企画協力を行っている。

5回目となる今回の開催では「激変するニューヨーク・メディア業界の先端で想うこと」というサブテーマが掲げられた。ゲストの津山恵子氏は、メディア産業の中枢ともいえるニューヨークに在住し、YouTube創設者スティーブ・チェン、facebook創設者マーク・ザッカーバーグなどをインタビューをしてきた経歴を持つ。

ニューヨーク在住のジャーナリスト津山恵子氏

前半では、ニューヨークに住む人々のジェンダーフリーな思考や、家賃の上昇など、ニューヨークの暮らしのおける最先端を聞くことができた。そして、後半はメディアの話題。津山氏が長年メディアに携わる中で得たジャーナリストとしての信念などが語られたあと、ニューヨーク、そしてアメリカにおけるメディアの今が語られた。

トランプ政権の支持率は上がっている

アメリカでは、2018年9月に発売された『Fear: Trump in the White House(邦題・FEAR 恐怖の男 トランプ政権の真実)』という本がベストセラーになったそうだ。(日本語訳版は、2018年12月1日に発売予定)著者はボブ・ウッドワード。米国を代表するジャーナリストで、ワシントン・ポストの共同編集長だ。 47年間にわたりワシントン・ポストの記者、編集者を務め、ウォーターゲート事件をスクープした記者の一人でもある。

「この本を読んで分かるのは、トランプは生粋のビジネスマンであり、ビジネスマンとしての直感に頼っているということです。彼は全く本を読まないし、ブリーフィングでも人の話を聞かない。自分が何を知らないかも知らないし、気にしていないのです。そんな人を、アメリカは大統領に選んでしまった。それぐらいアメリカは ”若い国” なのです」

なぜ、トランプは大統領に選ばれたのか。解の一つとして津山氏が語ったのは、これまで声を上げてこなかった保守系支持層の存在だ。

「アメリカには、グローバル化によるデメリットを実感していた人が、思いの外たくさんいたということです。彼らはクリントン政権時代から不満を溜め込んでいた。しかし、過去の大統領選には、彼らを代弁してくれるような候補はいなかったんです。そこにトランプが登場した。『彼なら私たちの思いを分かってくれる』と、はじめて思えたのでしょう」

アメリカの世論調査会社 ギャラップによるトランプ政権の支持率調査では、2017年8月には支持35%、不支持60%だったものが、2018年10月には、支持43%、不支持53%に変化している。トランプ政権への支持は、今尚広がり続けていることが分かる。

米メディアの今。「トランプブースト」と「ダーティーウォー」

トランプ政権の存在は、アメリカのメディアに2つの大きな変化をもたらしたと津山氏は語る。一つは「トランプブースト」と呼ばれるメディアの好景気。そして、もう一つは、トランプによるメディアへの攻撃「ダーティーウォー(汚い戦争)」だ。

「良くも悪くも、アメリカ国民は、トランプが何を言うのか、何をするのか、気になってしょうがないのです。テレビではニュース番組視聴率が上昇しています。新聞は有料デジタル版の購読者は急増しています」

トランプ政権がスタートしてから、リベラル系も保守系も高視聴率を維持している。

「トランプから連邦裁判所の判事に指名されたブレット・キャバノはレイプを告発されました。彼を告発した女性大学教授とキャバノー本人による上院委員会の証言は、会社を休んでメディアによる中継を見る人がいたほど注目されました。高校や大学、スポーツバー、あらゆる場所で中継を流していて、平日の昼間にも関わらず、ピーク時には2000万人もの人が見たと言われています」

一方、紙の新聞は購読数を減らしている。それは値段があまりにも高すぎるからだと、津山氏は言う。例えば、紙のニューヨークタイムズの購読に月53ドル。津山氏も購読しているというデジタル版は、月16ドルだそうだ。デジタル版の登場により、新聞を読む人々が増えたとも言える。

「もう一つ大きな影響は、ダーティーウォー(汚い戦争)と呼ばれています。現在、トランプは『ジャーナリストは国民の敵』とまで言っている。Twitterでは『#fakenews』 とハッシュタグをいれて大手メディアの記事を攻撃しています」

このような現実に対して、メディアも黙っているわけではない。

「ワシントン・ポストとニューヨーク・タイムズは、競い合うようにトランプ政権のスクープを書いています。分析記事や、オピニオンもどんどん出している。記者たちが必死に仕事をしていることが、紙面やディスプレイからにじみ出てくるように分かります」

2018年8月16日、ボストンで最大の部数を発行する新聞 ボストン・グローブの呼びかけに350紙以上が協力し、報道の自由の重要性とトランプのメディア批判の危険性を指摘する社説を一斉に掲載した。ニューヨーク・タイムズでは「トランプの攻撃は『民主主義の生命線への危機』と書いている。

物言う市民。銃規制デモへのファンドレイジングには5億円が集まる

社会を変えていきたいと思っているのは、メディアだけではない。アメリカでは、市民運動も盛んだ。

「2018年2月、生徒・職員合わせて17人が亡くなったマージョリー・ストーンマン・ダグラス高校銃乱射事件では、在校生たちが全米で銃規制を訴える70回のデモを開きました。彼らがファンドレイジングで集めた資金は450万ドル(日本円で約5億円)。その資金で広告代理店をオファーし、70箇所でデモをやるための段取りと予定をつくらせたのです」

#NeverAgain(二度と起こすな)というスローガンの下、影響は多方面に渡った。国を超えて800以上の銃規制要求デモが開催されていると主催者は発表している。

アメリカの小売り大手ウォルマートでは、同店で銃を購入できる客の最低年齢を21歳に引き上げるなど、現実にも影響を与えた。

「タイムマガジンでは、2017年のPerson of the Yearに、#metoo運動でセクハラを告発をした女性たちを選び、表紙に起用しました。表紙の右下には肘だけ写り、見切れた誰かを想像させる仕掛けがあります。この肘は読者自身。一人ひとりが世の中を変える主体なんだというメッセージです」

分断を止めるにはどうしたらいいのか?答えは誰も持っていない

トークの最後に設けられた質疑の時間には、世界で深まる分断を解決する答えはどこにあるか?アメリカではどのような取り組みが行われているのか、という疑問が投げかけられた。

「確かに、今アメリカは分断されています。未だかつてないほどに、リベラルと保守の間の溝が深まり、真ん中には誰もいない状況です。お互いを理解したり、妥協点を探すような取り組みはほとんどありません」

最近、ニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストは保守系のコラムニストを起用したそうだ。深まる分断への危機感からだろう。しかし、この動きへの市民からのリアクションは、不買運動であった。

日本を含めて、世界では分断が起きている。その分断は深まり、解決の糸口は見えない。そして、誰もどうするべきかという答えを持っていない。アメリカにもない。

「なにかできるのではないか」、「考える前に行動しよう」…正直、そんなポジティブな言葉を書けるほど、世界の状況に対して、私は楽観できないと感じている。

ポジティブでもなくネガティブでもなく、希望と絶望を併せ飲み、前に進もうとする意思しか、状況を変えていくことはできないのではないか。そんなことを思った。

私たちは、どうしたらよいのだろうか…「URBAN CATALYST」は次回の開催が、最終回となる。 ゲストはニューヨークブルックリン在住でライターの佐久間裕美子氏だ。次回の開催でも、私たちの未来を考えるヒントが得られるかもしれない。

次回: URBAN CATALYST(アーバンカタリスト)Vol.6

「ブルックリン・ウェイ・オブ・ライフ」

GUEST:佐久間裕美子(さくま ゆみこ) 
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