Netflixで配信されるSFの実写作品といえば、『オルタード・カーボン』に『ロスト・イン・スペース』、『ブラックミラー』、最近では『マニアック』など欧米発の作品が多い印象だ。

しかし、アジアから生まれるSFドラマだって面白い。アジア圏のSFは、サイエンス・フィクションというよりは「すこしふしぎ(『ドラえもん』で知られる藤子・F・不二雄が作り出した造語)」に近い。そこがまた、アジアらしいのかもしれない。

今回はNetflixオリジナルズのドラマからアジアのSF作品3つをご紹介する。

美しく魅力的な女子高生が学校に潜む闇を引きずり出す。タイ発の一話完結型SF

容姿端麗、成績優秀、極めつけはお金持ち。ナノはいつだって完璧な女の子だ。完璧すぎるくらいに。

ある日、学校にやってきた転校生、ナノ。その妖艶な雰囲気に男性たちは惹きつけられ、女性たちは嫉妬する。そして、誰もが目を離せないナノの存在が、様々な学校に転校し、学校の中にはびこる闇を明らかにしていく。

転校生ナノ』は、仏教大国であるタイの作品だけあって、悪行を重ねることや歪んだ感情を持つことが引き金となり不幸の連鎖が起きる、という業や因果応報がベースにした教訓が感じられる。普段なかなか知ることができないタイの若者文化を垣間見れるのも面白い。

一話完結型で各話50分程度なので、なかなかドラマをみる時間がない、という人にも最適だ。特にオススメなのが、第三話「天才にあたる光」。

あらすじ
主人公は天才ばかりが集まるエリート校で、目立つ才能のない自分に悩むミウ。そんな時、“天才”のナノが転校してきた。ナノの助言受け、作られた天才として周囲を欺いていくミウだが、徐々に偽りの才能に脅かされていく。

この話で特に印象的なのは、ピカソの名言を引用しつつ、それをドラマの内容に沿うよう上から書き換える、という覆面アーティストのバンクシーを模倣した表現が見られる部分だ。

また、ナノ役のチチャー・アマータヤクンも美しくミステリアスなナノをうまく演じきっており、この作品をきっかけに彼女のファンになる人も少なくないだろう。

今作は「すこしふしぎ」な面白さを求める人はもちろん、様々なクリエイターにインスピレーションを与えてくれるのではないだろうか。

社会や親が子どもにかける重圧が生む悲劇。台湾版『ブラック・ミラー』

未来の科学技術を交えながら、社会や親からかけられるプレッシャーに押しつぶされそうになる子どもたちの姿を描いたドラマ『子供はあなたの所有物じゃない』。

こちらも一話完結型だが、一話90〜110分と長い。そして暗い。しかし、最後まで見てしまうのは、面白いから。

学校の成績や恋愛、家族関係の不和、そして何より親の期待が中高生の子どもたちを蝕んでいく。親たちは最新の技術を駆使したり、完璧な家庭教師をつけたりすることで反抗する子どもを“理想の子ども”に矯正していく。

登場する技術や現象は現実には(今のところ)あり得ないものばかりだけれど、子どもの幸せや自分の体裁を考えるあまり、子どもの気持ちが見えなくなった親たちの姿や、自分の素直な思いを訴えるも社会や親にはねつけられる子どもたちのやるせなさは、リアルで生々しい。クローンや脳の解析など、未来にあり得そうな技術に対する警鐘を鳴らしつつ、家庭という小さな社会が抱える大きな問題に切り込む作品で、子育てに関わる親や教育者にとって学びや自分を省みるきっかけを授けてくれる。

宇宙を駆けるよだか

2016年、新海誠監督によるアニメ映画『君の名は。』が日本のみならず世界中を席巻した。そして、日本における新たな“入れ替わりモノ”として今注目が集まっているのが漫画を原作としたドラマシリーズ『宇宙を駆けるよだか』だ。

しかし、今作における入れ替わりは『君の名は。』のようにロマンチックなものではない。

主人公は明るく可愛い女子高生、あゆみ。家族に愛され、友達に囲まれ、高校生活を送っていた。さらに、長年の片思いの相手、公史郎と付き合うことになり、彼女の人生は順風満帆だった。しかし、公史郎との初デートに向かう途中、外見に自信のないクラスメイトの然子と入れ替わってしまう。自分の体や生活、恋人を奪われたあゆみの前には、辛く、孤独な然子としての生活が待ち受けていた。

あゆみ、然子、公史郎、そしてあゆみの幼馴染の火賀、4人の高校生が入れ替わりを通して本当の自分自身を追求し、他者への理解を深めていく。そんな彼らの姿は、視聴者に対しても自分のアイデンティティを規定するものはなんなのかを問いかけているように感じる。

ストーリーはもちろん、入れ替わり、という難しい演技を見事にこなす若き俳優陣も素晴らしい。

一話40分程度で六話編成になっており、見ると一気に見たくなってしまうので、雨が降った休日なんかにじっくり見てはどうだろう?

今回紹介した作品を振り返ると、全て学園ものであることに気づく。もしかすると、アジアに住む人々は中高生の頃にノスタルジアを感じる人が多いのかな?なんて、冗談はさておいて、これらの作品は、どれも日常の延長上にある“すこしふしぎ”な物語だ。

大がかりな舞台や設定のもと、強大な敵(問題)に立ち向かう。そんなストーリーだって楽しいけれど、小さな物語の中に生活の些細な悩みや問題と重ね合わせて見る、そんな日があってもいいのではなかろうか。