最近になり、SNSや書店でよく見かけるようになった単語の一つに“編集者”がある。それはもちろん、私の仕事柄、というのもあるのかもしれないが、本をよく読み、携帯でWebメディアから情報を集めていた十代後半の記憶を掘り返してみても、目の前のメディアに編集者なるものが介在していた、という記憶がないのだから、おそらくこの10年程度で編集者の見え方は変わってきているのだろう。

実際に「書くこと」を仕事にしている今、何気なく眺めているメディアをつくるために必要な時間や思いの大きさに驚くことも少なくない。
今回は、そんなメディアの中で働く編集者やジャーナリストに焦点を当てた三つの作品をNetflixから紹介する。

世界の“バズる”情報局

第3シーズンが公開されたばかりの『世界の”バズる”情報局』は、NetflixとアメリカのBuzzFeed Newsが共同で運営するドキュメンタリー。BuzzFeed Newsに所属するジャーナリスト一人ひとりの視点を通し、社会を取り巻く様々な問題を取り扱う。これまでの題材には、「インターセックス」「フェイクニュース」や「受精卵凍結における倫理的問題や法整備」など、センセーショナルなものばかり。最新シーズンでも「セックスロボット」や「ギャングスタラップ」を題材に、ジャーナリストたちが世界を駆け巡る。各テーマの面白さはもちろん、ジャーナリストごとに、問題に対する視点や取材の進め方の違いを楽しめるのも魅力だ。
一例として、今回は、女性記者、サッチが「男性の権利」について追求する回について紹介する。

あらすじ
ある日、サッチが取材対象を探すためツイッターで「白人男性以外」の人を募集した。数時間後、彼女がツイッターを開くと、そのツイートに多数の批判や中傷のコメントが寄せられていた。
「逆差別者」
そして、ツイッターの炎上をきっかけにサッチは男性の権利擁護活動家(MRA)の存在を知ることになる。MRAの中には男性の権利を女性が奪ったとして、女性への強い差別感情を抱くものもいた。一体何が彼らを掻き立てるのか、彼らの主張する男性の権利とは何なのか。
MRAや男性を支援する団体などを取材する中でサッチ自身が感じた救済と変革の必要性を視聴者にも問いかける。

記者個人の体験から社会が抱える根深く大きな問題を捉えることで、視聴者が自分の経験を省みながら、問題の解消に向けて何をすべきか、切実に考えるきっかけを作り出している。他のエピソードでも同様に、記者の疑問から企画の立案、取材、考察までストーリー仕立てで描くことで、視聴者がニュースをより深く学ぶ機会を与えてくれる。

ファッションが教えてくれること

「すべてはアナの感性よ。VOGUEはアナの雑誌。彼女が何もかも決める」
『ファッションが教えてくれること』

ファッション誌『VOGUE』の編集長アナ・ウィンター。68歳になった今なお、編集長としてファッションの最先端を追い続け、世界最大のファッションの祭典「メットガラ」を主催するなど、その活躍は誌面に収まらない。
ファッションが教えてくれること』はそんな彼女にとって一年で最も重要なVOGUEのファッション特大号(9月号)に向けた仕事に密着。
作中において、アナ自身は多くを語らない。ひたすら仕事に邁進するだけだ。しかし、カメラに映し出されるアナの仕事ぶりから、彼女の俊敏な決断力、そして細部に至るまで観察し、修正を試みるこだわりが垣間見れる。また、仕事仲間へのインタビューによって、アナのファッションにおける感性の鋭さと流行を見抜く審美眼の高さが明らかにされる。
例えば、ファッション誌の表紙に初めてセレブを起用したのは、アナだそう。早い段階でセレブの時代が来ることを予期することで雑誌の売り上げをあげたのだ。
彼女のアシスタントのグレイスとのやりとりも鮮烈で、見るものを飽きさせない。正反対の感性をもつ二人がぶつかり合うことで、作品の均整が取れるのだ。
確固とした哲学と行動力、そしてぶつかりながらも互いに認め合える仕事仲間が揃うことでファッション界を牽引して来たアナ。彼女が仕事に打ち込む姿は、ファッションに興味を持つ人はもちろん、ビジネスに関わる全ての人にとって学びがあるだろう。

フランカ・ソッツァーニ: 伝説のVOGUE編集長

アナ・ウィンターに並び、VOGUEを語る上で欠かすことができない存在が、『VOGUE』イタリア版の編集長フランカ・ソッツァーニだ。2016年に66歳で逝去した彼女もまた、ファッションの歴史を変えた一人だ。
石油流出事故が起これば、モデルの服に油をまき、海辺に横たわらせる。DVが話題になれば、家の中で血を流し、倒れた女性を撮す。フランカはVOGUEにジャーナリズムを持ち込むというアイデアで、そのファッションをよりリアルなものに変化させた。
2016年公開の『フランカ・ソッツァーニ: 伝説のVOGUE編集長』では、そんな彼女の発想の源流を息子であるフランチェスコ・カロッツィーニが監督として映し出す。
フランカの姿は、クリエイターとして生きる人々に、アイデアで社会を動かすヒントを与えてくれるだろう。
そして、今作の試写会をきっかけに、上述のフランチェスコとアナ・ウィンターの娘であるビー・シェーファーは交際をスタート。今年7月に結婚した。VOGUEのカリスマ編集長を母に持ち、映像に関わる仕事をするようになった二人が必然的に出会い結婚に至る。こんなにロマンチックなことってあるだろうか?

これまで、社会問題やファッションの流行など、個人ではどうにもならない現象なのだと、どこか諦めていた。しかし、この三作品を見る中で、そうした大きな現象も、情報を切り取る人が誠実に向き合えば、変革を生みうるのだと実感した。
情報が流通しやすい時代において、無作為に情報を集めるのではなく、信頼できる誰かの手を介して情報を縒りあわせることがより良い生き方を模索する第一歩になるのではないだろうか。

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