Webの父が遂に立ち上がった。

WWW(World Wide Web)の考案者であり、URL・HTTP・HTMLといったインターネットの根幹をなす仕組みを設計したティム・バーナーズ=リーが、新しいプロジェクトを発表した。

いったい何か。世界中で問題提起され、日本でも経産省が懸念を示した通り、いまのインターネットはGAFA、つまり、Google・Apple・Facebook・Amazonが支配している。確かにこれらのサービスは大変便利である。

しかし、その便利の対価として、「個人情報」を提供していることを忘れてはいけない。

そして、その個人情報が彼らによってどのように利用されているかは、知る由もない。我々のアイデンティティは、インターネットの巨人たちの手中にあり、活かすも殺すも彼らの自由なのだ。しかも我々は、それに気づくことすらできない。

ティム・バーナーズ=リーはずっとこのことについて批判してきた。当然である。そもそもWWWは、論文を蓄積、整理し、学者間で共有しようという、きわめて平等で分散的な思想から生まれている。そのWWWが、たった4人の巨人に支配されつつあるのだ。

しかも分散とは真逆の、中央集権的な思想によって。生みの親としては黙っていられないだろう。

そのティム・バーナーズ=リーが遂に立ち上がった。プロジェクトの名前は「Solid」、もちろん、GAFAによる支配からの脱出を試みるプロジェクトだ。

このサービスを使うと、ユーザーは「パーソナル・オンライン・データストア(POD)」というWeb上の箱の中に個人情報を保管することができるようになる。そして、その情報をどう活用し、誰にアクセス許可を与えるか、ユーザー自身の判断で考え、選択することができるようになる。

まだデモ段階であるため、詳細の仕様は不明だが、ティム・バーナーズ=リーのやりたいことはこの時点ではっきりとわかる。確かにこれができれば、個人情報についての主導権を、ユーザー自身が握ることができる。

我々は個人情報の提供に対して、驚くほど無自覚である。名前・性別・年齢のようなわかりやすいものだけではない。位置情報・連絡先・感情・趣味・政治的価値観・歩数・心拍数・宗教・その他諸々、ありとあらゆる情報を、インターネットの巨人たちに提供している。そして、多くの人はそのことについて、危機感の欠片も持っていない。

このSolidがうまくいけば、ようやく我々は個人情報について自覚的になり、それを自らの意志で活用できるようになるのではないかと思う。これまでアルゴリズムによってただ支配されてきた我々は、ここに来てやっと自律性を手にすることができるのだ。

GAFAを悪と呼びたいわけではないが、ティム・バーナーズ=リーが彼らを「巨人」と呼ぶように、我々はすでに彼らに従属せざるを得なくなっている。この数年で、世界を変えるような偉大なサービスは無数に誕生した。しかし、そのほとんどが、彼ら無しでは呼吸すらすることができない。

また、サービスだけではない。もはや国家すらも彼らの手の中にある。ケンブリッジ・アナリティカがFacebookの個人情報を利用して、ユーザーの心理操作を行ったという話は記憶に新しい。これが米大統領選やブレグジットにどれだけの影響を与えたかは未だにはっきりしていないが、この問題の衝撃は計り知れないものだった。

若い頃にWebに救われ、これまでWebを生業として来た筆者としては、その生みの親であるティム・バーナーズ=リーがここ数年頭を悩ませていることに対して、複雑な想いを持っていた。そのティム・バーナーズ=リーがずっと温めて来たプロジェクト「Solid」、個人としては、応援したい気持ちでいっぱいである。

しかし、相手は巨人、一筋縄ではいかないだろう。また、そもそもこの問題に対して危機感を持っている人も少ない。多くのユーザーは、何も知らないままに、個人情報を提供し続けている。Solid、大きな困難が伴うプロジェクトだということは容易に想像できる。

しかし、それでも、ティム・バーナーズ=リーならやってくれる。

筆者のように、そんな期待を持たずにはいられないインターネットユーザーも、きっと多いはずだ。