数年前、引っ越しに合わせて通院先の病院から別の病院を紹介してもらった。担当の先生から紙の封筒に入った紹介状を渡され、つい「PDFで送ってくればいいのに」と感じてしまった。

医療分野におけるデジタル化の余地は大きい。2014年の調査によると、入院設備を持たない医療機関において、電子カルテを導入している施設は3割程度にとどまっている。

電子カルテの導入が進めば、患者の診断データやアレルギーの有無、処方薬などの情報を医療機関をまたいで共有し、よりよい医療を提供できる。政府は「地域における医療機関等の間で必要な情報連携」を促進するため、ガイドラインの策定や実証事業などを進めてきた。

政府だけでなく企業も、医療分野の情報化に取り組んでいる。その先頭を走るのが、株式会社メドレーだ。同社は医療分野の情報連携をすすめるべく、2018年4月クラウド型電子カルテ『CLINICS カルテ』をリリースした。同サービスは、予約や受付、診察、会計、請求といった一連の業務、患者データの管理を「ワンストップ」で行えるシステムだ。

『CLINICS カルテ』によってメドレーはどのように医療を変えようとしているのか。その先に見据える「患者とつながる」社会のあり方とは。同サービスのデザイン開発を担当した前田邦織氏に話を伺った。

前田邦織
制作会社やフリーランスなどを経て、株式会社リブセンスのデザイン部長として、新規事業のサービスデザインやコーポレートブランディングなどを幅広く担当。2017年より株式会社メドレーに参加し、オンライン診療アプリ「CLINICS」やクラウド型電子カルテ「CLINICSカルテ」などのプロダクト全般のデザインを管掌する。

医療情報をスムーズに連携するために取り組むべき課題

メドレーは2016年からオンライン診療アプリ『CLINICS』を提供し、患者と医師が物理的な距離を超えて「つながる」場を提供してきた。そのなかで浮き彫りになっていたのが、電子カルテや医療専門の会計システムとの連携だったという。

前田氏「多くの医療機関では、電子カルテ、医療用の会計システム、MRIなど医療機器のシステムがすべて独立して動いています。その中にオンライン診療システムを導入しても、業務と電子カルテを連携させる作業が発生し、結果的に現場のオペレーションが増えてしまう。より効率的な医療を提供するためには、他のシステムも並行して進化させていかなければと考えたんです」

現場の負荷を考え、電子カルテシステムの現状を調べはじめたメドレー。すると、カルテシステムには大きく2つの課題があることがわかってきた。

前田氏「ひとつめはデータがクラウド化されていないこと。現在、電子カルテシステムの多くは院内にサーバを設置する『オンプレミス型』。停電するとシステムが止まってしまいますし、アップデートも頻繁に行うのは難しい状態でした。

もうひとつはデータが個別最適化されていることです。これは電子カルテだけでなく、検査データなども含めて、企業や医療機関ごとに規格や情報管理の方法もさまざまです。そのため、患者さんのデータを医療機関同士で共有するには、データを共通で使えるように整備し、一つのプラットフォーム上で共有できる状態にすることが必要だと感じました」

医療とデザインの双方を行き来して得た気づき

既存の電子カルテシステムの課題を踏まえ、メドレー社内では2017年の春頃から「CLINICS カルテ」の開発プロジェクトが始動した。デザイン開発に取りかかるにあたり、前田氏は医療用語や電子カルテの使い方を一つひとつ学んでいったという。

前田氏「電子カルテのUIはこれまで扱ってきたサービスとは全く異なるものでした。どこにどの機能があるのか覚えるのも一苦労。画面には複数のボタンが並び、一目見ただけでは、使い方を把握できません。操作しながら1つの画面にどのような情報を乗せればいいのかをアイディアを練っていきました」

また実際に複数の医療機関を訪れ、現場で使われている電子カルテの調査も実施。ここでもウェブサービスのUIとの違いを痛感させられたという。

前田氏「これまで経験してきたウェブやアプリのUIの場合、1つの画面で伝えるべき情報を網羅するのが普通でした。けれど電子カルテシステムの多くは、機能ごとにポップアップを出し、追加情報を出してくる。また画面構成も紙のカルテの様式を模倣したものが多く、どの箇所にどの情報を配置するかが、ある程度決まっていました」

ウェブサービスとの違いを理解しつつ、前田氏が目指したのはベーシックかつ一貫性のあるデザインだ。

前田氏「ウェブサービス的な使いやすさやわかりやすさは意識しつつも、医師や医療事務の方など多様な人が利用しても悩まないものにしなければいけません。既存の文脈を踏まえ、できる限り誰にとっても使いやすいよう意識しました」

開発においては医療従事者側の意見も積極的に取り入れた。これは社内に医療従事者や経験者を数多く抱えるメドレーの強みのひとつだ。

前田氏「デザイナー視点だと、不要な機能は削ぎ落としたいと考えますが、現場の方がそれを求めていないケースもあります。そこは妥協点を探りながら進めていきましたね。最近では社内の医師からデザインについて鋭いフィードバックをもらうこともありますし、エラーが出た際に開発者ツールで原因を特定して送ってくれるような人もいます。コミュニケーションを重ねるなかで、医療とデザインを互いに越境しながら学びを得られていることを強く実感しますね」

メドレーが見据える、医師と患者がつながる社会

「患者とつながる」というタグラインが示す通り、『CLINICS カルテ』は医師と患者、そして医療機関の「つながり」の構築を目指す。前田氏は、それがメドレーの構想する“医療のプラットフォーム”の中心を成していると語る。

前田氏「あらゆるデータを一元的に管理できるプラットフォームがあれば、どの医療機関を訪れたとしても、自分に合った最適な医療を受けられます。『以前こういった症状でこの薬を飲んだ』と口頭で伝えるのは、一般の患者さんにとって難しいときもありますし、正確に覚えていないことも多いですよね。データが共有されていれば安心です。

また、オンライン診療アプリでは、患者が自らのデータを持つことも可能になり、診断結果をいつでもデータで閲覧できるので、患者側もより自らの症状を理解できる。現状では医療機関ごとに閉じてしまっている情報を適切に共有できるだけで、患者の得られるメリットは相当大きいんです」

患者と医療のつながりに加え、『CLINICS カルテ』のデータをもちいてメドレーが目指すのは、地域ごとの医療の最適化だ。

前田氏「データの匿名性を担保した上で、どの医療機関に何の症状で、どのくらいの年齢の人が訪れているかを把握できれば、医療機関の配置の最適化に活かせるかもしれません。これから日本の人口や年齢分布が大きく変化していきます。そのときには、医療においてもオープンなデータの活用が欠かせない要素になるはずです」

“医療のプラットフォーム”構想は日本全体の医療のあり方を最適化しようとする試みだ。1つの医療機関で最適な医療システムを構築できても、他の病院が同様の費用を負担できないケースもある。個別最適には限界があるため、政府と協力しながら、より大きな変化が求められる。

前田氏「現在政府も医療の情報連携を掲げています。それをどのように実践していくのかについては、これから試行錯誤が続くと思います。そこでテクノロジーと医療の両軸に強みを持つメドレーが担える役割があるはず。

メドレーは『医療ヘルスケア分野の課題を解決する』ことをミッションに掲げています。決して簡単な道ではありませんが、一度掲げたからには達成しなければいけません。ひきつづき医療全体を広く見つめ、課題解決を行っていきたいですね」

Photographer: Kazuyuki Koyama