太陽の光を思いっきり吸い込んだアスファルトの隙間から、湧き上がるように熱気が押し寄せてくる。それは、隣に座ったチームメイトの肩から発せられる蒸気と混ざり合うように私の体を包んだ。
私は高校生のとき、チアリーディング部に所属していた。その年は、通っていた高校の野球部が、都大会で思いがけず勝ち進んでいた。普段はプレイルームで地獄のスクワット300回に勤しむ私たちも、この時ばかりはチアの本分である応援のため馳せ参じたというわけだ。
番組表でお気に入りのドラマが野球中継に差し替えられていると、ついため息をついてしまう。そんな私ですら、場内の熱気に押し上げられ、声を枯らしながら話したこともない同級生の応援に力を尽くした。
画面を介した“観戦”からは得られない何かがそこにはあった。世間では、これを“体験”というのだろう。
しかし、近い未来、“体験”を超越する“観戦”が実現するかもしれない。その可能性の一端を担うのが、VRライブストリーミングだ。
臨場感あふれるVRストリーミングを無料で体感できる
カリフォルニアを拠点とするスタートアップ「Next VR」は、欧米で開催されるサッカーやテニス、バスケットボールの試合を撮影したVR動画を無料で提供している。この動画を視聴できるプラットフォームは、PlayStationVR、App Store、GooglePlay、Daydream、GearVRやWIndows Mixed Realityなど、多岐にわたる。
動画の閲覧者は、選手達がまるで目の前でプレイしているかのような臨場感の中、試合の行方を見守ることができる。
Next VRは2015年、Formation 8を含む複数のベンチャーキャピタルから3,050万ドル(時価にして約36億円)の資金を調達。さらに2016年には、ソフトバンク株式会社も出資を発表している。
今年1月には、アメリカ最大規模の見本市、CES 2018の会場で高解像度のVR映像配信のデモンストレーションを披露。埃が舞い上がる様まで映し出せる今回の技術アップデートにより、今後VRを介したスポーツ観戦はますます加熱していきそうだ。
こうした配信技術の進化を後押しするものとして、試合を映し出すカメラのアップデートは欠かせない。
ドローンで空中から撮影した映像をVRで即配信
VRライブストリーミング会社の360 Designは、2017年に世界初となるライブストリーミングVRドローン「Flying EYE」を発表。
このドローンには、ライブストリーミング機能が搭載され、最高画質6Kで360度方向から映像を撮影できるそう。無線での操作距離は5マイル(約8km)ということだ。さまざまな角度から撮影することで、従来では映し出せなかった映像を捉えることができるという。
試合中の選手の動きを感知して自動追跡するカメラ
ニコンの子会社であるMRMC(Mark Roberts Motion Control)が新たに開発したのは、AIソフトウェアを搭載したカメラ「Polycam Player(ポリカム・プレーヤー)」だ。このカメラは、被写体の動きに合わせて焦点を定めることで、映像をよりリアルに自然に映し出すことが可能だ。
従来の自動カメラは、視野の中の動きに反応し、左右方向にレンズを移動させることで撮影するというものだった。一方、Polycam Playerは画像認識機能を使い、スポーツ選手一人ひとりの位置情報を把握することで、人間が撮影しているかのように選手の動きを捉えることができるという。
冒頭のNext VRも、VR向けの映像をより自然に映し出すべく、さまざまな角度から撮影することができるカメラケージ(カメラを設置する機材)を発表した。従来のカメラでは映し出せなかった領域に到達することで、映像によりリアリティが増し、これまで見えていなかった角度や距離からスポーツが見られるようになる。
先日開催されたワールドカップにおいても、ライブストリーミング配信サイトやアプリを利用して観戦した人も少なくないだろう。来たる2020年の東京オリンピックの時、私たちはどんな技術を介して、選手達の姿を捉えるだろうか?
技術によって“観戦”が“体験”に匹敵するとき、きっと私はあの時のように声を枯らして声援を送るのだろう。