『remark』より転載)

クリエイターの創作活動を継続的に応援するため、ピクシブは2018年4月に全クリエイター向けに『pixivFANBOX(以下・FANBOX)』を開放した。ファンから継続的に支援を受け、クリエイターが作品を創り続けられる環境をつくるFANBOXにはファンとクリエイターのコミュニティ作りが必要になる。FANBOXはサービスを通して、どのようにコミュニティを作り上げているのか。そして、そこに見える可能性とは。FANBOXを担当した、ピクシブ株式会社 プロダクトマネージャーの大塚智貴氏に、ツクルバCCOの中村が話を伺った。

大塚智貴

ピクシブ株式会社 プロダクトマネージャー
2016年ピクシブ株式会社新卒入社。pixivFANBOXの事業責任者。入社と同時に新規事業であるpixivFANBOXを立ち上げ、プロダクトマネージャーとして同サービスの企画、開発、運用を担当。クリエイターとして生きていける人が1人でも多くなるような世界の実現に向けて命を燃やしています。

実は第一世代があったFANBOX

中村:ツクルバはこれまで、シェアードワークプレイスのco-baをはじめ、さまざまなコミュニティ作りを経験してきました。その重要性も学びましたし、難しさも身をもって理解しています。だからこそ、FANBOXがクリエイターコミュニティをどう盛り上げているのかが知りたくてお伺いしました。はじめに、ピクシブはなぜFANBOXをはじめたんでしょう?

大塚:もともとピクシブ自体が、イラストレーターが健全に稼げる仕組みを作りたいという想いを持っていたのがはじまりですね。イラストレーターの場合、仕事を受注してお金を稼ぐのは良いけれど、自分の絵でファンからお金を稼ぐのは悪という風習があるんです。

ファンとの関係性を健全にお金に換えることが難しい。過去にはpixivにアップロードしたイラストに対して投げ銭的にお金を払える仕組みはあったんですが、それではファンとの関係をつくれない。そこで2016年12月にリリースしたのがFANBOXでした。

中村:最初のリリースは2016年だったんですね。

大塚:当時リリースしたのは今のものとは少々異なる、第一世代的なものでした。そのときは正直全く流行らなくて(笑)。「クリエイターのファンコミュニティをつくりたい」という想いからはじめたのですが、仕組みとしてはクリエイターが有料コンテンツをつくり、ファンがお金を出して買うというもので。結果的には、ファンコミュニティではなく、クリエイターが新しいコンテンツを作ってビジネスをするための場になってしまったんです。

Twitter等で投稿している無料で閲覧可能なイラストのメイキングや作業工程、制作時に考えていることなどを有料で販売するイメージです。

中村:需要はありそうですが、流行らなかったんですね。

大塚:クリエイターの皆さんは絵は描けるけれど、編集者ではないですから。簡単にきれいなメイキングは作れないですし、時間もかかる。すると「あれ?絵を描きたかったのに、絵を描く時間が取れない」「なんで文字を描いているんだろう」となってしまう。

その状況を見て、純粋にイラストを描き続けることで評価を受け、ファンが一定額ずつ支援してクリエイターを支えるような関係性が作れないかと検討したんです。FANBOXを担当していた僕と上司の二人で、方向性をすりあわせ、エンジニアと共に現在のFANBOXへと作り変えていきました。

有料コンテンツをつくらない。真に支援したい人のためのサービスへ

中村:その結果生まれたのが、2018年4月にローンチされたFANBOXだったと。具体的にはどのような点が変わったのでしょうか?

大塚:4月にローンチしたFANBOXは、クリエイターがTwitterやpixivにイラストをあげるというクリエイターの活動自体を尊いと思う人が支援し、関係性を構築していくためのプラットフォームです。この第二世代では「有料のコンテンツを提供しない」「誰でも使える環境にする」を仕組みに設計していきました。

中村:新しく設定された仕組みについて教えてください。

大塚:まず、「有料のコンテンツを提供しない」という雰囲気を徹底し、そのためにクリエイターには「絵を隠さないでください」と伝えています。支援者限定で表示できる機能もあるのですが、そこに絵を載せると従来と同じ、有料コンテンツをつくることになってしまう。支援者コミュニティで語るのは、「今こういう野望がある」とか「支援してもらってこういうことができた」とか。活動報告をするクローズドな空間にしたかったんです。

中村:第一世代の失敗から学んで、第二世代では、クリエイターが絵を描くことに注力できるようにしたわけですね。

大塚:そうです。加えて仕組みに盛り込んだのが「誰でも使える環境にする」ことでした。というのも第一世代では、pixivで有名な人に絞ってお願いして運営するサービスみたいにしていたんです。すると運営側はサービスの質を担保するために「月何回更新してください」「最近大丈夫ですか?」といったやりとりを頻繁にすることになる。するとクリエイター側に義務感が生まれてしまい楽しめないという問題もありました。そこで、基本は誰でも使えるようにして、pixiv側はプラットフォーマーとして動きを見守るスタンスに変えたんです。

“関わり白”がコミュニティの熱量を増す

中村:FANBOXを実現するためには、クリエイターだけでなくファンの方ともしっかりと向き合うことが必要かなと思います。第一世代と第二世代でファンとの関わり方はどのように変化していったのでしょう?

大塚:第一世代のFANBOXは、有料コンテンツを作って提供するだけの仕組みでした。それではそこまで人は集まらない。本当のファンはコンテンツが欲しいのではなく、単に支援したいだけだったんです。わかりやすい話、有料コンテンツを販売して100人支援者がいても、コンテンツを見てる人って10人いるかいないかなんですよ。つまり、コンテンツを買うのではなく、お金払うことが目的なんです。

背景には、ファンは「物語の一部になりたいから支援したい」という思いもあると考えました。クラウドファンディングだと、「支援額いくらを達成しました」と活動報告をしますよね。そこで盛り上がっている姿を見ると支援している人も嬉しい。それは、自分がその一部であるという自覚があるからなんです。

中村:それはファンの行動を観察するなかで見えてきたことだったんでしょうか?

大塚:それもあります。加えて僕自身がアイドルオタクで、そのときに体験していたことでもありました。CDや握手券を買って、アイドルと会ったり握手したいというのは、その行為自体が目的じゃない。アイドルが成長していくストーリーの一部になりたいという感じなんです。「今はドームで公演してるけど、本当に小さいライブハウスから自分は知ってる」と言いたいがために、課金している感覚です。

同じことは他のサービスでもできると思っています。漫画であれば、単行本が出版されてから購入するのではなく、ネームや連載の段階から支援して自分の意見を述べる。。ゲームであれば、自分が村人Aとして登場したり、エンドロールに名前が載る。自分が一部になれる機会を提供することで、ファンは楽しめるんです。いまはクリエイターとファンが直接やりとりできる時代だからこそ、コンテンツを買うのではなくプロセスを共有する形もあり得ると思うんです。

中村:なるほど、この話、僕はクリエイターとファンの関係に限らず、コミュニティの話にとても近いなと思いました。一緒に作るプロセスに参加できるように残された余地“関わりの白”をどうつくるかの問題だなと。アイドルコミュニティではすでにさまざまな実践が行われ上手い関わり白が生まれている。FANBOXの場合リニューアルして1ヶ月で関わり白の実践がすでに自然発生的に生まれてきているのかなと思いました。

この前、水野祐さんという弁護士の方をお呼びしてイベントを開催したのですが、そこではボトムアップのルールデザインの話をされていました。これはFANBOXと近いなと思っていて、ユーザー側での試行錯誤が、いい規範として成立し、他のユーザーも真似することで、結果ルールになっていく。コミュニティの関わり白もユーザーの行動からルールというかサービスの形式になっていったように思います。

主客同一のコミュニティ作り

大塚:近い話で面白いなと思ったのが、スタジオ的なコミュニティを作っているクリエイターがいることですね。彼は自分をリスペクトして寄ってきてくれた人たちに技術を教えて、仕事を斡旋してあげて、クリエイター事務所として活動している。その人は超人気のイラストレーターさんで、自分ではさばききれない仕事を断るのではなく、周りのクリエイターさんにまわすことで、その人の周りで仕事をつくっている。

中村:とても面白いコミュニティのあり方ですね。主客同一ではないですが、自分がファンでもあり、誰かのクリエイターの一派でもある状態ですね。

大塚:このコミュニティのあり方は可能性があるなと思うんです。絵は描けるから、絵でコミュニティに貢献する姿ですよね。同じように、絵は描けないけど、コードを書ける人がいれば、サイトを作ってもらえます。ストーリーが書ける人だったら、ゲームがつくれるかもしれない。今までは一方通行で、ファンはクリエイターから享受するだけだったのが、支援を通してコミュニティ内に入り、支援金がコミュニティの活動費になり、共創可能性がある空間になっているんです。

中村:そのコミュニティが、自己組織的にまわるのはすごいですね。

大塚:お金でなくても技術でもいい。たとえば野菜をつくれるなら、野菜をコミュニティに提供しても良い。それだけでもコミュニティにいる意味がある。実際、過去にはFANBOXのクリエイターとして登録したいとブドウ農家の方から問い合わせもありました。毎月500円を支援してもらったら肥料代にするので、ブドウができたら送りたいと。

中村:面白いですね。農業には、コミュニティが農家を支える「Community Supported Agriculture(CSA)」という仕組みがあるのですが、まさにそれですね。

大塚:今はpixivというサービスの特性上イラストレーターさんや漫画家さんがほとんどですが、門戸は開いているので、ブドウ農家さんでも参加できる。クリエイターのコミュニティ的に考えれば、肥料代の500円に加え、ぶどうを入れるダンボールをデザインしたり、会社のロゴや、シールつくるみたいなこともできるかもしれない。そうやってお互いのスキルを交換しあえると、コミュニティは活性化してくるかなと。

表現を中心とする、クリエイターの村へ

中村:FANBOXをつくった大塚さんは、コミュニティのあり方はどう変わっていくと考えていますか?当然、これまでお話いただいたのお金のあり方もシンクロして変わっていくのかなと思いますが、思い描くコミュニティの姿があれば教えてください。

大塚:一番近いのは村をつくる感覚ですね。今はお金というかたちでしか参加できませんが、絵を描いている人に野菜を作れる人や、その他のもの作りをできる人が参加することで一つひとつが小さな村のように機能するといいなと。今までお金で返していたものが変化し、お互いにスキルを交換する社会ができると良いなと思います。

中村:その中心には表現があってほしいと?

大塚:そうですね。中心がクリエイターとかコンテンツだったら嬉しいなとは思います。働くにしても、コンビニで働いて稼いだお金でゲームを買うではなく、ゲームのために働くという状態が作れると良いなと思いますね。それができれば、働く意味も変わってくると思うんです。


参加者が主体的に関わりたいと思える適切な“余白”を作ることが、コミュニティを動かす良い原動力になっているFANBOX。もともと熱量のある人が集まる場だったからこそ、その熱を操作しすぎず、流れだけを整えることで、上手く機能したといえるだろう。

FANBOXはこれまでツクルバが手掛けてきたオフラインのコミュニティではなく、オンラインをベースにしたコミュニティだ。実空間と情報空間を横断し次なる領域に挑むtsukuruba studiosに取っては多くの学びを得る機会となった。