私たちに心安らぐ時間は訪れない。

退社しても、プレゼンの準備や、クライアントからの問い合わせの件が頭から離れない。たとえ週末でも、友人や家族より、仕事のことを考えなければならない日々が続く。

疲れ果てた姿で出社すれば、上司からは「笑顔が足りない」「心が弱いからミスを犯す」とプレッシャーや罵声を浴びせられる。

日本人は我慢強さに長けているとしばしば言われるが、この性格がストレスを溜め続ける原因にもなっている。こうした労働環境が社会問題となり、「ワタミ」や「電通」社員の過労死問題につながっている。

勤務時間外のメール送信禁止したフランス

2017年1月1日、フランスで勤務時間外に業務連絡メールをみなくてもよいとする「オフラインになる権利」が施行された。『BBC』の記事によると、業務メールを送受信してはならない時間帯の明記が義務付けられた。適用されるのは従業員数50人以上の企業だ。

「新法を支持する人たちは、精神バランスを崩す危険性に対して高い意識を持っている」と、記事では指摘されている。残業代の出ない勤務時間外の業務メール対応によって、ストレスが溜まったり、燃え尽き症候群になることを危険視するのだ。

週35時間の労働制度が敷かれているフランスでは、日本と同様に、定時退社後の残業問題が議論になっていた。そこで同国は「オフラインになる権利」の施行を通じて、より踏み込んだ形で、従業員の生活自由度や幸福を追求する権利獲得を優先した。

勤務時間外の業務メールを制限する法律が施行された背景から、大きく注目されたサービスがある。それが、Gメールにスケジュール送信機能を追加できるアドオン「Boomerang(ブーメラン)」である。

フランス人の需要を満たしたスケジュールメール送信サービス「Boomerang」

「Boomerang」は、手軽にGメールにスケジュール送信機能を追加できるサービスで、基本利用料は無料だ(月の送信メール数によって有料になる)。

まずアドオンをダウンロードして、自分のGメールアカウントと紐付ける。導入後、毎回メールの送信ボタン横に、スケジュール設定のタブが表示されるようになる。

機能は大きく2つに分かれる。1つはスケジュール送信。たとえば12時間以内に受信者から返信がない場合、予め書いておいたメール内容が自動的に送信される。この機能を使えば、上司や部下に、あらかじめ決めておいた時間にフォローアップメールを送信できる。これまで気付いた時にフォローアップメールを送っていた方が大半であろう。しかし、スケジュール機能を通じて、プロジェクトの進捗確認の頻度と時間を自動化できるようになった。

もう1つがブーメラン機能だ。メール受信者が、事前にスケジュール設定しておいた期日までに返信をしていない場合、「Boomerang」側からその旨を記した通知が飛んでくる。1日に何十通もメールのやり取りをする人が、重要なメールが返信されたかを自動で確認できる点が大きな魅力である。

フランス人ユーザーは、「Boomerang」を上手に使い、業務時間外にメール送信をしないように心掛けている。たとえば、企業が規定したメールを送信してはならない時間を少し過ぎたとしても、スケジュール機能を使い、上司への報告事項や資料共有を、翌日の出社時刻に合わせて送信できるようにしておく。こうすることで、業務メール禁止時間直前に急いでメール作成をする手間も省け、家に帰ってもプライベートなことだけに頭を切り替えて有意義に過ごすことができる。

ツールは「仕組み化」の一助となる

ブラック企業を淘汰する動きがみられ、定時になれば強制的に退社させる制度を取り入れる企業が日本でも増えた。「残業はやむを得ない」という風潮への対策だ。しかし本末転倒な事態が起きている。

『日本経済新聞』の記事によると、定時終わりの午後7時頃、カフェでパソコンを広げて残業に勤しむサラリーマンが目立つようになったという。定時後には会社で働けないため、自腹でカフェに訪れ、仕事をするのだ。フランスでも、35時間労働の法律が導入された2000年以来、48.4%の人が「仕事の兼務が増加した」と回答し、G8の中では過労自殺する人の割合が未だに3位であるというデータもある。

たとえ残業時間をなくす法律ができても、労働環境の解決には繋がらず、本質は何も変わっていない。私たちが考えなければいけない「本質」とはなんなのであろうか?

1つの解として挙げられるのが、社員一人ひとりが生産性を向上させ、業務時間内に高いパフォーマンスをあげる仕組み化をおこない、退社後の従業員に仕事を抱えさせないことだ。

ここでもう1つの疑問点が浮かぶ。「高いパフォーマンスをあげる仕組み」を構築する上で大切な要素は何を指すのかという点だ。筆者の考えでは、「プロジェクトスピードの向上」を指す。

企業によってパフォーマンスや生産性の定義は変わってくる。顧客の満足度であったり、課金ユーザー数の増加など、様々だろう。共通して大切となるのは、いかにスピードを上げてアウトプット数を増やし、たくさんの成功と失敗を繰り返すかという点であろう。

社内で出揃うアイデアやプロトタイプの数が増えれば、その中から顧客に満足して使ってもらう製品・サービスが登場する確率も高くなる。この考えは、スタートアップではしばしば用いられるが、大企業でも同様に適用できるだろう。

実際、2017年にアマゾンに買収された、ミーティング管理ツールを開発するスタートアップ「Do.com」は、「Boomerang」の法人プランを利用していた。「Boomerang」のブログ記事によると、チームは常に100以上のタスクを抱えていたという。

スケジュール機能やブーメラン機能を使い、PMからの進捗確認を自動化させ、生産性をあげた。最終的にアマゾンに買収された点からも、「Boomerang」の功績の高さが伺える。また、同社の買収はアマゾンのチームが「Boomerang」を使うきっかけにもなり、利用企業をスタートアップから大企業まで拡大させた。

アウトプットスピードを向上させるための仕組み化をする点において、「Boomerang」の利用価値は高い。メールのスケジュール機能を通じて連絡漏れをなくしたり、進捗確認を毎回プロジェクトマネージャーが思い出した際におこなっていたマニュアルのワークフローを劇的に変えることで、アウトプットスピードを向上させる一助となる。

生産性の向上とツール導入は必ずしも紐づかないと意見する人も多いだろう。たしかに注意しなければいけないのは、決して「Boomerang」のようなツールを導入すれば、会社全体のパフォーマンスがすぐに向上するとは限らない点だ。

ツール導入前に、何が自社にとって「高いパフォーマンス」と定義されるのかを議論しなければならない。しかし、一度パフォーマンスの定義と方針が決まれば、あとはそれに沿ってワークフローの自動化や仕組み化を行うことが肝要となる。そこで初めて「Boomerang」に代表されるサービスが活躍するはずだ。

従業員が自社の「パフォーマンス」の定義をしっかりと認識し、労働時間内にパフォーマンスを最大化させるための仕組み化が合わさった時、初めて労働環境の「本質」が変わってくるのだと考える。

img : ryan melaugh, Giorgio Brida, Boomerang, David Joyce, Helen Harrop