スマホ越しに見る街の景色の中に、ポケモンがいる。
はじめてPokemon Goを触ったときの興奮は、いまでも鮮明に思い出せる。空想世界のポケモンたちが、現実の街に飛び出してきたかのような「実在感」。拡張現実(AR)による、現実世界と仮想世界との距離の縮まりに、未来を感じた。
ARを利用したサービスは、今や世界中で続々とリリースされている。
未来が、当たり前の景色になるスピードには驚くばかりだが、今回はその中からいくつかの事例を取り上げてみたい。
失われた芸術と再び出会うARプロジェクト「Hacking The Heist」
世界的に重要な芸術コレクションを収蔵するイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館は、マサチューセッツ州ボストンにある美術館だ。
1990年3月、同美術館から作品のいくつかが盗み出された。その数、13点。金額にして5億ドルに相当する。芸術史上最大の盗難事件といわれ、28年経った今日に至るまで、盗まれた作品は見つかっていない。
そんな美術館で、ボストンのデジタルテクノロジーカンパニーCuseumが、あるプロジェクトを手がけた。その名も、Hacking The Heist。
来場者がAR技術を搭載したアプリを起動し、デバイスを空白の額縁にかざす。すると、盗まれたはずの作品が、画面の中の額縁に復元される仕組みだ。
同社は、Appleが発表した最新の拡張現実技術ARKitを採用することで、現実空間とデジタルオブジェクションをシームレスに融合させることに成功した。このプロジェクトにより、美術館を訪れる人々は、失われた芸術と再び出会うことが可能となった。
プロジェクトが目指すゴールは、ARコンテンツで美術館を話題にすることだけに留まらない。プロジェクトサイトでは、1000万ドルの報酬付きで、盗まれた作品につながる情報の提供を呼びかけており、”失われた作品を取り戻したい”という美術館の想いに寄り添っていることがわかる。
情報提供のチラシを作ったり、美術館の常設サイトで盗まれた作品の情報を募るよりも、「あるべき場所に、絵がないこと」が、多くの人に「作品探し」を呼びかけることに成功しているだろう。
MoMAをフィールドにしたインスタレーション「Hello, we’re from the internet」
MoMA(ニューヨーク近代美術館)で行われているインスタレーション、「Hello, we’re from the internet」もそのひとつだ。
5階の「ジャクソン・ポロック・ルーム」に展示されている絵に、専用アプリを立ち上げたデバイスをかざせば、目の前の作品とは違う作品が合成され、デバイスの画面上に現れる。
実はこのインスタレーション、MoMAから許可を得ている訳ではなく、ゲリラ的に行われている。企画したのは、アーティストグループ「MoMAR」。彼らがこのインスタレーションに込めるのは、アートと鑑賞者の関係性へのアンチテーゼだ。
曰く、美術館に飾られている作品の多くは、ギャラリーやそのギャラリーに足を運ぶ富裕層たち、いわゆる「エリート」が定義した「いい作品」に過ぎないという。私たちは、やがて美術館に寄贈され、展示された「いい作品」を価値あるものと信じて鑑賞する。たしかに、その構造には、盲目的な側面があることも否定できないだろう。
彼らは、そんな閉じられた既存の価値構造をハックし、「いい作品」という価値観への問題提起を私たち鑑賞者に投げかけたのだ。
Snapchatがリリースした、世界中に出現するARアートコンテンツ
また、昨年10月にSnapchatがリリースしたアート関連機能も類似の取り組みだ。アーティストJeff Koons氏が制作したARの彫刻作品が、世界各地に突如出現する。
Snapchatを起ち上げながら設置されたポイントに近づくと、自動で読み込まれ、画面の中に高さ3階建ての建物ほどの彫刻作品が出現する仕組みだ。設置場所は、数週間ごとに世界各地の新しい場所に巡回する。
Snapchatはこれまで、個人のスマートフォン上で、ユーザーの顔や背景をARをつかって変換するアプリとして使われてきた。
しかし、今回のアップデートによって、「地理情報とARを紐づけ、設定した場所まで現実世界のユーザーを動かす」という、より現実世界に食い込んだSnapchatのサービス体験の提供に成功したといえよう。
現実世界をハックするAR技術。ARは、私たちに何をもたらすのか。
取り上げた3つの事例のどれもが、コンテンツそのものの面白さの裏側に、制作者の込めた「意味」や「メッセージ」が詰まっていることがわかる。
仮想空間によって現実世界をハックし、現実世界に新たな「意味」や「メッセージ」を浸透させること。それこそ、AR技術のおもしろさと言えよう。そのおもしろさ自体がさらなるプロモーション効果を生み、相乗効果で拡散力を高めている点も興味深い。
これからAR技術は、私たちにどんな体験をもたらしてくれるのか。その可能性を思うと、心躍るばかりだ。