「仮想通貨」や「ビットコイン」といった言葉が、テレビのニュース番組からも聞こえてくるようになった。最近では、IT技術を駆使した金融サービスが次々と登場している。新たな金融サービス群は「FinTech」と呼ばれ、従来のお金のあり方に変革をもたらすと期待が集まっている。

本来、複雑なものでありながら、日々の生活と密接に関わるお金を扱うサービスにおいて、UIデザインはどのような役割を果たしているのだろうか。

UIデザインを追求するコミュニティー「UI Crunch」の第11回では、「金融業界に革命を起こす、FinTechスタートアップのUIデザイン」と題し、FinTech分野におけるデザイナーの役割について実例をもとに話し合った。

金融業界に求められる「ユーザー起点の課題解決力」

最初に登壇したのは、株式会社NTTデータ経営研究所のシニアコンサルタント桜井 駿氏。新卒でみずほ証券に勤務した後、現在は本職の他に一般社団法人Fintech協会の事務局長や米国スタートアップ企業のアドバイザーも務める。金融業界をバックグランドに持つ桜井氏は、金融とデザインの間に存在するギャップを挙げながら、両者が協力していく方法を探る。

一つ目のギャップとして挙げたのが、FinTechと既存の金融機関の意識の差だ。伝統的な金融業界に携わる人のうち、桜井氏のようにFinTech業界に出入りしている金融業界の人材は「少数派」だという。

「財務経理の分野においてデータが蓄積されると、具体的な数値に基づいて知識や洞察を得た上で、打ち手を考えられる。「金融機関は社会インフラであり、顧客以外にも金融庁といった政府や自治体など、ステークホルダーが多い。外部から期待される『あるべき姿』に縛られているせいで、チャレンジするハードルが高くなっている現状があります」

二つ目のギャップは課題解決へのアプローチ、とりわけユーザーとの向き合い方における違いだ。桜井氏によると「日本の大手企業、特に金融業界は内向きの組織でソリューションありきで課題解決を考える」傾向にあるそうだ。

「金融機関はお金を融通する裏方であり、主役は金融サービスを利用する顧客であるべきです。顧客視点で一からソリューションを構築していくデザイン的なアプローチを金融業界にも持ち込む必要があります」

金融業界とデザインには大きな隔たりがあるように思える。しかし桜井氏は「顧客基盤をもつ日本の金融機関とFinTechスタートアップの協業は一般的になってきた」と指摘。両者が手を組みしてお金のあり方を再定義する動きに期待を寄せ、一つの方向性として「ユーザーの目的に合わせて自由に変化するお金の姿」を例に挙げた。

「例えばメルカリでは、ユーザーはモノを売買した際の売上金をメルカリにプールしておき、再度購入代金として利用できます。メルカリで物を売り買いするのに便利だから、ユーザーは出金せずにメルカリに預けている。ユーザーにとって体験的には銀行預金とメルカリにプールしておくことは同義ではないでしょうか。このようにユーザーのお金に対する価値観が目的によって変化するのが未来におけるお金の一つのあり方ではないかと考えています」

ユーザーの目的やインサイトを定義するには、桜井氏が述べたような「デザイン的な課題解決」の手法が生きてくる。既存の金融業界とデザインの連携が進めば、FinTechサービスの進化はより一層加速するだろう。

情緒的なコミュニケーションで新たな流通の仕組みを描く

続いて登壇したのは株式会社KyashのサービスUIデザイナー矢部 雄祐氏。組み込み機器やアプリのUIデザインに従事した後、Kyashに転職し、アプリのメインデザイナーとして活動している。

Kyashは友達への送金や買い物時の支払いなど日常のお金のやりとりをスマホから一括で行える個人間送金アプリ。クレジットカードを登録すれば、アプリ内でつながっている友人だけでなくLINEやMessengerでも送金を行える。受けとったお金はVISAカードとしてネットショップでの決済に利用できるほか、モバイルSuicaなどにもチャージ可能だ。

Kyashは「個人間でのお金のやり取りのハードルを下げること」を目指してサービス開発を行ってきた。例えば日常生活の中では、飲み会やイベントでの集金が楽になり、端数の出る割り勘が省略できる点だけでなく、お店にとっても支払いがスムーズになれば支払いが楽になるメリットを挙げた。

矢部氏は、単に割り勘や送金の手間を省くだけではなく、Kyashを通して「新たな価値交換の文化、流通の仕組みを生み出したい」という。そこで必要な”情緒的なコミュニケーション”について、矢部氏はデザインの歴史を紐解きながら説明する。

「産業革命により手工業から大量生産に移行した際、効率性への偏重に反対する運動が花開きました。これを受け、手工業における人間ならではの芸術性と効率性を組み合わせた概念としてデザインが生まれたという歴史があります。

送金や決済のIT化というと効率性が注目されます。しかし、誰かに想いを伝えるといった人間のコミュニケーションをデザインした先にこそ、新しい価値交換の文化や流通の未来があると考えています」

矢部氏が重要視しているのは、一般の人にも個人間送金の価値をわかりやすく伝えることだ。まだ顕在化されていないニーズを意識させるために、主となる機能以外にも「送金時に相手にメッセージを送れる」といったサブ機能も用意している。

「潜在的なユーザーにもKyashの楽しさを感じてもらい、個人間送金で誰もがハッピーになる未来に向けて、今後もより洗練されたサービスにすべく注力していきたい」と締めくくった。

法とデザインが手を組み、FinTechを加速させる

三人目は株式会社FOLIOのCDO(チーフ・デザイン・オフィサー)の広野萌氏。「FOLIO」は、日本で初めて”テーマ”から銘柄を自動でリストアップしてくれるオンライン証券サービスだ。ユーザーは『VR』や『人工知能』といった流行りのテーマを軸に好奇心の赴くままに銘柄を選ぶ。『高度な金融テクノロジーに裏付けられた手軽さとワクワク感』を提供するという。

広野氏が「好奇心からはじまる投資」という着想を得た背景には、自身が証券取引に感じた難解さがあった。実際にサービス開発を進める上でも、証券を扱うサービスならではの複雑な手続きは日常的に発生しているという。

とりわけ顕著だったのがコンプライアンス担当者とのコミュニケーションだと広野氏は振り返る。

「以前、コンペに出展するにあたり、サービスの動画キャプチャを製作しました。完成後にコンプライアンスチェックを依頼すると、画面を覆う分量の免責事項を表示する必要があると指示されました」

金融商品取引法に則ったサービス運用は大前提だが、動画が隠れてしまってはユーザーがサービスを理解できるはずがない。広野氏は一つ一つの事項について「なぜ必要なのか」を尋ね、各項目ごとに協議を重ねた。最終的に(いくつかの条件付きで)ほとんどの免責事項を削ることで合意した。

「過度な安全策によって免責事項が大量に並ぶようでは、誰も読んでくれません。必要なのは法律の奥にある本質を見極める作業です。これは普段からデザイナーがユーザーのインサイトを紐解く作業と似ています」

実際にFOLIOでは利用規約の作成にもデザイナーが携わり、一単語単位までこだわり抜いて制作した。コンプライアンスに関して担当者に丸投げするのではなく、デザイナーが積極的に関わる体制を採っている。

コンプライアンス側とデザイン側が良好な関係を結ぶには、地道に対話を重ねること欠かせないという広野氏。デザイナーでありながら証券外務員資格を取得し、コンプライアンス担当と意見を交わす際には、自分なりの法的解釈もセットでコミュニケーションを図っている。FinTechサービスにおいては「法律と愚直に向き合う姿勢」こそが不可欠だと語る。

「相反するように思える法律とデザインですが健全な経済活動を目指しているという点は共通しています。互いが尊重し合いより良いサービスに向けて議論を重ねてこそ、国内のFinTech業界が発展を遂げるはずだと信じています」

お金のポジティブなイメージを作り出すためのデザインとは?

4人目に登壇したのは株式会社バンクで「CASH」のデザイン全般を担った河原 香奈子氏だ。

「CASH」は写真を撮ってアップするだけでアイテムを買い取ってくれるアプリ。査定金額に同意した時点でユーザーにお金が振り込まれる仕組みだ。待ち時間なしでお金が手に入るシステムは大きな話題を呼び、サービスを一時停止するほど利用者が殺到。先月には無事にサービスを再開している。

CASHが目指すのは「小額の需要を瞬間的に解決」すること。物の価値を柔軟にお金に変換し、お金を手にいれるまでの時間をショートカット、人生の選択肢を増やすのが目的だ。

人生をより豊かにしようとする同サービスの世界観を伝えるためには、お金と紐づく「怪しさ」や「汚さ」といったネガティブイメージを連想させてはいけない。河原氏がアプリのデザインを行う上では「瞬間的にお金を得る体験をポジティブに捉えられるサービスの佇まい」をいかに作るかが課題となった。

デザインはサービスの「人当たり」を左右するという河原氏は、サービスの中身を直感的に理解させるだけでなく「お金を得る行為に前向きな心地よさ」を伝える工夫を随所に施している。

「アプリ内では至るところにアニメーションを加えました。査定の画面ではロード中に、物がお金に変わっていく様子を、あえてユーザーに一定の秒数表示します。数字をカウントアップさせ、リアルタイムで査定金額がはじき出されるワクワク感を表現しました。お金が振り込まれたタイミングでスマホが振動するフィードバックも、お金が手元にやってきた実感を与えるための仕掛けです」

色の選択においてもわかりやすくお金を表す黄色に、優しさを加えるグレーやベージュを挟み、親しみやすい雰囲気を作り上げた。

心地よさや親しみやすさにこだわる理由は、「人々の生活に定着してほしい」という願いがあるからだ。河原氏は「今後もサービスの佇まいを追求し続けていくのがデザイナーの役割」だと強調し、再開したCASHを更に盛り上げていきたいと抱負を語った。

お金という情報のなめらかな流れを生み、多様な社会の礎を築く

最後に登場したのは株式会社CAMPFIREで執行役員CXO(チーフ・エクスペリエンス・オフィサー)を務める小久保 浩大郎氏。Googleを経て、今年8月にCAMPFIREにジョインした。

CAMPFIREは、購入型クラウドファンディングサービス「CAMPFIRE」や身近な友人・知人を対象としたクラウドファンディングアプリ「polca」など、革新的なFinTechサービスを世に送り出してきた。彼らはFinTechをどう捉えようとしているのか、説明するにあたり小久保氏は「テクノロジーとしてのお金」という概念に立ち返る。

「お金は、単なる物々交換から実体のない価値のやりとりを可能にしたテクノロジーです。これまで、金本位制や政府/銀行による信用から国際為替相場まで価値の信用を担保する様々な方法が考えられてきました。

そのようにお金の裏には難解な仕組みが動いているにも関わらず、子供でも貨幣を使って価値の交換をしています。『貨幣』というインターフェースによって、その複雑さが隠されているからです」

近年では貨幣を使わずとも、電子マネーの残高や家計簿アプリに表示された数値を私たちはお金だと認識している。小久保氏はこれを「お金とは情報そのものである、ということがそろそろみんなわかってきている」状態だと述べ、CAMPFIREで共有されている“情報としてのお金”のあり方を説明してくれた。

「Whole Earth Catalog などで知られるアメリカの作家スチュアート・ブランドの言葉に『情報は自由になりたがっている』というものがあります。情報が自由になると多様性が増し、異なる形の間を埋める新たな概念が生まれる。こうしてお金の姿がグラデーションのように存在する状態を、代表の家入は『なめらかなお金がめぐる社会』と形容しています。今のCAMPFIREはこれを見据えて、未来におけるお金の姿を考えています」

小久保氏によると、FinTechを「昔の財テクのような概念」として捉える風潮もあるそうだ。確かに金融知識を持つ人々の間で盛り上がりを見せる一方、FinTechについて何もわからないという一般の人は多い。普通の人を差し置いて、富めるものがより富むためのテクノロジーは、CAMPFIREがイメージするFinTechの対極にある。

「『サピエンス全史』では、人種を問わず見ず知らずの人同士が効果的に協力できるという点において『貨幣は人類の寛容性の極み』であると書かれていました。また、堀江貴文氏も『お金で買えない物がある世界は不平等である』といった旨の発言をしています。同様にCAMPFIREもFinTechが寛容性と多様性ある社会を成立させる礎だと位置付けています」

多様性に富んだ社会を実現する上で、小久保氏は「次世代の貨幣に相当する平等なインターフェイスとはどうあるべきか」という課題に向き合っている。彼らがどのような形で回答を示していくのかは、FinTechサービスを考えるすべてのUIデザイナーにとって指針となるはずだ。

今回登壇した5人に共通するのは、お金と人間あるいは社会との関係性について、確たる理想をもってFinTechに携わっている点だ。例えばCASHの河原氏は小額のお金を得て人が選択肢を広げられる社会を、CAMPFIREの小久保氏はより多様性と寛容性のある社会を支えるインターフェースを、サービスを通して実現しようと試みている。

新たなFinTechサービスを形作るには、金融業界や法規制のルール、あるいはお金に対するネガティブなステレオタイプなど乗り越えるべき壁は多い。そこで必要とされるのが、デザイナーが日々実践してきた手法だろう。

プレゼンにおいて、広野氏は「インサイトの発見」、桜井氏は「ユーザー起点の課題解決」、矢部氏は「情緒的なコミュニケーションの設計」といった手法を挙げていた。

お金と社会の関わりは多様かつ複雑だ。FinTech領域において、UIデザイナーには従来の枠組みにとらわれず、デザイン的な手法を柔軟に応用していく姿勢がより一層求められるだろう。