5月12日、ヘルスケアスタートアップ「FiNC」が主宰するイベント『トップクリエイターたちが語るクリエイティブの「今と未来」』が開催。クリエイターの働き方や組織論。今後求められるマインドやスキルについて、業界を牽引するプロダクションやトップクリエイターが集まり発熱した議論を展開された。本記事ではその模様をレポートする。

イベント前半の第1部では、グッドパッチ代表取締役の土屋尚史さん、Takram代表の田川欣哉さんをゲストに。FiNC CCOの小出誠也さんがホストとしてファシリテーションを担当し、パネルディスカッションが行われた。本記事ではパネルとして登場したテーマのなかからいくつか注目のトピックをピックアップしてご紹介していく。

切り替えられる個人、小さなチーム、デザインファームにおけるチームのあり方

Takramは東京とロンドンにオフィスを構えるデザインファームだ。デザインとエンジニアリングの双方に精通するデザインエンジニア集団で、現在東京・ロンドン合わせ50人弱の組織。その7割はデザインエンジニア。残り2割はビジネス部門、1割がバックオフィスという組織構成になっているという。

グッドパッチは東京、ベルリン、ミュンヘン、台湾の4拠点。UI/UXデザインに強みを持ち、国内外合わせて120人近い規模を持つ。同社で一番多いのはエンジニアで、次にデザイナー、プロジェクトマネージャー(以下・PM)、バックオフィスという構成順になる。ただ、PMはUXデザインを兼務する人も多いそうだ。

導入では、デザインファームにおけるチームのあり方について議論が展開された。

小出「両社とも、プロジェクトにおいてはかなりユニークなチーム構成や進行形態を採用されていますよね?どのようにされているんですか?」

田川「TakramではPMのような進行管理をするポジションを置いていません。全て全員でやります。ディレクターという役職は置いていますが、リード的役割として、クリエイティブを担う人が担当する。PMを間に入れないことで、クリエイティブのメンバーがクライアントの言葉をそのまま聞き、解釈しています」

対してグッドパッチでは、チームの規模を小さくし、プロジェクトに対するコミットメントをあげることで、解決しているという。

土屋「グッドパッチの場合、役割や職責としてPMは必要だと考えています。その代わりチームを小さくして、クライアント話は全員で聞きに行くようにしていますね」

小出「進行管理やコミュニケーションを全員で担保することは、頭の切り替えや、タスクへのフォーカス度合いなどの面で難易度は高いのではないでしょうか?クリエイティブを担う人には集中したいと考える人も少なくないはず。そのあたり、どのようにコントロールされているんですか?」

田川「おっしゃるとおり、難しいです。ただTakramのデザインエンジニアはそこをうまく行ったり来たりできないといけない。デザインエンジニアはデザインとエンジニアリングを行き来します。デザインが白、エンジニアリングが黒だとしたら頭の中はグレーではなく、白黒のまだら模様で、次々と切り替えていくイメージです。個人のなかにPMの自分とクリエイティブディレクターの自分がいて、その双方を切り変えていける人が必要なんです」

日本式?海外式?多拠点マネジメントのあり方

デザインファームに限らず、国内外でマネジメントやルールをローカル化していたり、統一していたりと、グローバル企業におけるマネジメント方法はさまざまだ。海外のデザイントレンドいち早く取り入れるために、海外支社を持つデザインファームを増えてきているなか、Takram、グッドパッチ流のやり方はどうなっているのだろうか。

小出「海外と日本でマネジメントをどのように行っているかについてお話を伺えたらと思います。Takram、グッドパッチはどうされているんですか?」

田川「最終的には東京、ロンドン、ニューヨーク、シンガポールの4拠点で事業を展開したいと考えておるのですが、まず手始めがロンドンでした。というのも僕自身Royal College of Artを卒業しており、現地のクリエイターとのネットワークや地縁があったことが一番の理由です。やはり採用等を考えると現地とのネットワークが必要になりますから。現在ロンドンオフィスでは6人が働いており、日本人は一人だけ。プロジェクトはローカルの仕事が半分、日系企業の海外拠点の仕事が半分といった具合です」

日本人が一人だけということであれば、おそらく現地独自のマネジメントを行っているのではないかと思うが、以外にもTakramでは日本で作った仕組みを全て海外でも展開しているという。

田川「現在は、ファイナンスやHRといったバックオフィス系から、デザインプロセスに至るまで。すべて東京でつくった仕組みをロンドンにも共有して使ってもらっています。マネジメントは全て東京にあるという考えです。当初はロンドンに合わせたテーラーメイド的な仕組みを考えていました。ただ多拠点展開を目指していくことを考えると、さまざまな地域に横展開できる仕組みを作り上げた方がスピードを上げられると考え、現在は東京を中心に構築。東京発のTakramらしさを考えています」

グッドパッチの場合は、WunderlistやSoundCloudといったドイツ発のスタートアップの存在や、日本に近く学ぶ点の多い国民性への土屋さん自身の関心。そして同社執行役員でドイツ人のボリス・ミルコヴスキーさんの存在がベルリンオフィスの開設につながっているという。土屋さんは海外、多拠点展開におけるキーはボリスさんが担ってくれていると語る。

土屋「グッドパッチの場合、ドイツの仕組みを輸入していまのルールが構築されています。というのも、ベルリンオフィスを立ち上げ、現地にいる弊社役員でドイツ人のボリスがいてくれたからです。彼は学生だった頃から働いていて、社歴も長く会社のカルチャーについても理解が深い。ただ、彼がドイツに行った頃のグッドパッチは急拡大するタイミングで、組織課題の多いタイミングでもありました。ボリスはベルリンから『東京はもっとこうしたらいい』と考え、ベルリンで根付いたデザイン文化や仕組み。人事、評価、ペイロールなど含め丁寧に整理して『グッドパッチOS』として日本にも展開。ドイツで作り上げたものを東京が輸入するかたちで浸透されていきました」

国内外問わず優れた仕組みや考え方、フレームワークは数多存在する。Takramの場合たまたまそれを作り上げたのが東京で、グッドパッチの場合ベルリンだっただけかもしれない。特にグッドパッチの場合は課題を抱えた東京を離れたところから見ていたからこそ気づけた点もあったのではないだろうか。その起業ごと取り入れるべき仕組みは異なるようだ。

日本企業をデザインでどう変えていく

セッション後半では、彼らの事業を通してデザインの価値をどのように社会へ伝えていくかというところまで話は及んだ。Takram、グッドパッチとも事業を通してデザインの価値を社会に訴え続けている。ただここ日本において特にデザインの価値を企業に理解してもらい、企業にデザインをインストールしていくためのハードルは高い。

小出「デザインを企業にインストールするためには、理解、組織構造、文化などさまざまな要素が絡み合い、ハードルが存在しています。デザインを企業にインストールするためにはどのようなアプローチがあるのでしょうか?」

田川「無論、企業規模によって手法は変わってくるものの、ある程度の規模となると以下の2種類に絞られてくるでしょう。1つは、CBOやCDO、CCOといったクリエイティブ部門の取締役を入れて権限を与えるもの。これは欧米では一般的な形ですが、日本では難しい場合も少なくないでしょう。理由は後ほど。

もう1つは、取締役会のすぐ隣に、デザインの諮問会議を作る。会議体は企業の上層部と外部のデザインの有識者半々程度で構成し、全てのデザインに関わる意思決定をそこで行う。デザイン戦略室のようなものです。取締役はそれを承認するだけで、ブランド/デザイン室などが実際の制作は行う。このやり方は渡しの経験上でも比較的上手くいっています」

では、欧米的な前者の方法が日本で上手くいかない理由はどこにあるのか。その背景には日本の会議カルチャーがある。

田川「日本は合議制の会議マネジメントなので、一人の発言力が非常に弱い。ですから、一人だけデザインに力を注げるポジションの人が取締役会にいても意味がないのです。唯一動く可能性があるのは創業社長がいる会社です。創業者は自分の持っている力を人に託すことができる。その場合は前者が成立しますが、合議制の会社では難しいでしょう」

対して土屋さんも、取締役会においてデザインの価値を浸透させる難しさは感じていると語る。

土屋「僕も最近そこに課題感を感じています。現状、多くの企業においてデザインを理解した人が取締役にひとりもいない。ゼロから一人になることでの影響はあると思いつつ、合議制の場合、最終決定までのハードルが高いのはおっしゃるとおりだと思います。現状前者の方法で進めようとすると、担当の取締役が相当なリスクをとるか、創業者から権利譲渡されなければ大きな流れは変えられません」

デザインへの理解を促すことは難しい。この課題に対する明確な答えはないものの、Takramの場合、プロジェクトにおいて理解を得られるようなプロセスを導入することで、柔軟に動けるよう工夫しているという。

田川「Takramではプロジェクトのはじめに、決裁権者に1時間しっかりとインタビューをさせていただくようにしています。インタビューもフレームワークをしっかり作っており、最初は個人史を聞く。そこで”I”を主語に語ってもらい、そのあと”We”つまり企業としての話を語ってもらう。プロジェクトを通して目指すことはもちろん、個人の思いや会社のミッションなど含め、とにかくみっちりと聞き取ります。

インタビューの最後では『このプロジェクトで本当にサポートが必要になった場合相談しに行ってもいいですか?』と確認します。ここでNoという方はいらっしゃいません。このプロセスで関係性を作った上でプロジェクトを進めればかなりの確率で理解が得られますし、これは上場企業の社長や銀行の頭取のようなひとであっても可能な限りお願いしています」

柔軟に動くことはもちろんのこと、デザイナーとしては上流の人の思考や目線をインストールする役割として。また、トップにデザインを担当する人間を知ってもらう機会を作るという意味もあるかもしれない。デザインの価値に対する理解がまだまだ不足しているからこそ、田川さんの実践する丁寧なプロセスが価値を生み出していくことが期待される。

グッドパッチ、Takramとも国内を代表するデザインファームだ。同社が実践するプロセスやフレームワーク、さまざまな失敗を経て生まれた仕組みなどから学べることは多い。デザインの価値を改めて伝えるため、それぞれが担う役割に期待したい。

(後編に続く)

「企業や産業にデザインをインストールしていく」−−FinTechファンドなどより4億円を調達したグッドパッチが見据える課題