IPOでもM&Aでもない。スタートアップ企業の第三の選択肢

まず自己紹介をしたのは、オンラインで参加したネイサン・シュナイダー氏だ。コロラド大学ボルダー校にてメディア・スタディーズの助教授を務めており、近年では「シェアードオーナーシップ」という考え方を提唱している。

同氏が提唱するシェアードオーナーシップとは、企業の所有権を中央集権的に株主だけが持つのではなく、民主的に分散させるという考え方だ。オーナーが高齢になっても後継者がおらずビジネスを畳まざるを得なくなったり、投資家によってビジネスが買収され、オーナーが宿していた事業への想いが失われかけたり……こうした中小企業における破綻の危機に対して、シェアードオーナーシップは有効だという。

コロラド大学ボルダー校 メディア・スタディーズ助教授 ネイサン・シュナイダー氏

しかし、これまではシェアードオーナーシップを実現するための枠組みや技術が十分にはなかった。そこで2019年にシュナイダー氏を中心につくった考え方が“Exit to Community”(以下、E2C)だ。

E2Cとは、M&AでもIPOでもない、企業のイグジットの第三の選択肢である。E2Cでは、会社の所有権が、投資家から、会社を最も信頼している人々(ユーザー、従業員、顧客、またはそのようなステークホルダーグループなど)へと移譲される。民主的に共有する状態を実現するために、協同組合、信託、またはクリプトトークンといった仕組みを組み合わせるのだという。

今後、シュナイダー氏は「IPOやM&Aには明確な方法論がありますが、E2Cにおいても、誰でも実践できるよう方法論化を目指す」と語る。その中で、最近では「リーガルトラスト」の研究に注目が集まっているという。

シュナイダー氏「リーガルトラストとは一般的に、富裕層の方が亡くなった後財産を信頼できる人に託し、自分が決めた目的に沿って大切な人や自分のために運用・管理してもらうことが法的に保護されている制度です。この仕組みを、コミュニティのオーナーシップを保証するための仕組みとして使おうと考えてる人たちがいるんです。

例えば、環境に関するウェルビーイング活動を進めている米アウトドア用品大手パタゴニアは、全株式をトラストに譲渡しました。このトラストを経由して販売した服の利益は全て環境のために使われています」

ワーカーズコープ、合同会社型DAO、“組合型”株式会社……国内におけるシェアードオーナーシップの事例

シェアードオーナーシップを実現する方法の一つとしてE2Cを紹介したシュナイダー氏だが、今度は逆に「日本では、シェアードオーナーシップの実現を推し進める政策はあったりするのでしょうか?」と尋ねた。

この問いかけに対して、陶山氏はいくつかの事例を紹介することで応じた。

一つは2020年に成立した、「労働者協同組合(ワーカーズコープ)」をつくることができる労働者協同組合法だ。労働者協同組合とは「協同労働という働き方」を実践するための協同組合だ。雇われることなく、自営業のように個人でもない、平等な組合組織(集団)を前提とした働き方を実践している。

陶山「労働者協同組合法の成立以前は、農業や消費者協同組合など認められる類型が限定されており、それぞれが別の法律に依拠していました。しかし、労働者協同組合法の成立により、労働者がいくらお金を出したかにかかわらず、一人一票を持ち民主的に会社を経営する労働者協同組合をつくることができるようになったんです」

株式会社Zebras and Company 共同創業者 陶山祐司氏

さらに、2024年4月22日より、合同会社型のDAO(分散型自律組織)を設立することが可能となったという。DAOとはブロックチェーン技術を活用した新しい組織形態であり、従来の中央集権的な意思決定ではなく、参加者全員がルールに基づいて自動的に意思決定に関与することができるもので、これを合同会社として設立することが法的に認められたのだ。

また政策によってサポートされているものではないが、株式会社 Next Commons Labなどが採用している「“組合型”株式会社」という仕組みも紹介した。この仕組みでは、出資者には普通株式 + 種類株式(議決権なし)で株式が発行され、株主全員が議決権を一票ずつ持つという形式をとっているという。

個人のオーナーシップはいかにして育まれるか?

ここまで議論されてきたオーナーシップの民主化とあわせて考えるべき論点として、トークセッションの後半では、「個人のオーナーシップをいかに育むか?」について議論が展開された。

オーナーシップの育み方について応答したのは、株式会社オカムラでのWORK MILLコミュニティマネージャーや一般社団法人demoexpo 理事を務める岡本栄理氏だ。

株式会社オカムラ WORK MILLコミュニティマネージャー/一般社団法人demoexpo 理事 岡本栄理氏

一般社団法人demoexpoは、まちからデモンストレーションを仕掛けるプロデューサー&クリエーター集団である。2025年の大阪・関西万博をきっかけに一人でも多くの人の目的や願望、野望が実現するよう「まちごと万博」をつくる活動に取り組んでいる。

岡本氏は個人のオーナーシップが育まれた事例の一つとして、自身がdemo!expoに関わることになった経緯を紹介してくれた。

地元大阪で開催される万博を取り巻く社会の状況、そしてそれに対する自らの無力感に対する怒りや虚しさを抱くばかりであったという。だが、周囲の人々と対話する中で「大阪をおもしろくしたい」という気持ちが育ってゆき、demo!expoの立ち上げに携わることになった。きっかけは、団体の立ち上げ前に開かれた飲み会だったという。

岡本氏「時代が変わる中で、旧態依然としたかたちだけでは万博がうまくいかないのは目に見えていました。でも、大阪府の税金を多く使いながら、せっかくやるのだから見過ごすこともできない。そこで、飲み会に集まった人たちで『そもそも自分たちはどんな大阪にしたいんやっけ?』と話し始めたら、終電を逃すぐらい議論が白熱したんです。たとえ5〜6人だけであっても、それだけ思いのある人がいるならば何か行動しようと、demo!expoを立ち上げることになりました」

岡本氏が話してくれた自身の事例を受けて、シュナイダー氏はオーナーシップを育むためのプログラムを紹介した。一つはゲーミフィケーションの仕組みを活用し、シェアードオーナーシップについて学ぶプログラムだ。

シュナイダー氏「例えば、全ての従業員がオーナーシップを持っている企業で、従業員が事業主の視点に立って考えるプログラムを実施しました。ゲーミフィケーションを通じて、事業を経営統合をするためにさまざまなことを学ばなくてはならないと知ってもらう。そうすることによって、従業員として働いていながらも事業主のような視座から決断できるようになります」

また、アメリカにおける、十代の若者向けに農業体験の機会を提供するサマーキャンプの事例も紹介してくれた。いかに共同体をつくるのかを学ぶプログラムによって、これまでオーナーシップを持って共同体に関わった経験がない人も学ぶことができる仕組みとなっているという。

時代や状況にあわせて、オーナーシップのあり方を変えてゆく

トークセッションの終盤では、参加者からの質問に対する応答も行われた。「後継者がいない場合、いかにしてオーナーシップを継承してゆけばよいのか?」という質問に対して、「新しいステークホルダーを考える機会となるかもしれない」と応答したのはシュナイダー氏だ。

シュナイダー氏「例えば、イギリスの小さなまちで、最後に残った一軒のパブがあるとします。しかし、お店を継いでくれる子どももいない。その場合、オーナーシップのあり方が、家族経営から、パブの存続を望むコミュニティによる経営へと移ろってゆくでしょう。オーナーシップのあり方を、時代や状況に合わせて変えていく必要があるのです」

こうしたシュナイダー氏の指摘も踏まえつつ、岡本氏は自身の関わるdemo!expoのオーナーシップのあり方を、これからいかにして変えていきたいかを語って締めくくった。日本全国の方々と対話を重ねてきた岡本氏だが、今後は万博という機会を活かして地域の問題の解決をしていきたいという。

岡本氏「demo!expoでは関西の住民だけではなく、北は青森県、南は鹿児島県に住んでいる方と一緒に活動することがあります。関西以外の方と対話すると団体に対する新しい解釈や共感があり、新しい意味を乗せてくれるんです。そのおかげで、最初は『自分ごと』だったことが『自分たちごと』になり、さらにはさまざまな価値観を持つ方と対話することで、だんだん『私たちごと』に変化してきたように思います。

まち同士でコラボレーションすることで、関係人口が増えていくと考えています。地域の問題は、その地域の人しか解決できないわけではありません。外からの目線が入ることで、そのまちが大事にしている価値観に気づくこともあるはずです。ですから、万博を口実に地域の課題を解決していきたいんです」

E2Cの考え方を用いて所有権を共有するとき、オーナーシップを育んでゆくとき……本セッションで語られた論点は、どちらも共通して「いかなる価値観を大事にしているのか」という問いから始まっていた。自らの思いを周囲にぶつけ、共有する。そうすることで、時代を超えた課題に取り組む後継者へとバトンが渡されていくのだろう。