貧困、紛争、いじめ――。世界を見渡せば、解決できずにいる問題が無数に転がっている。どれだけテクノロジーが発展しても、何百年も昔から続く問題は未だ残されたままだ。

そうした社会問題を映像やグラフィックで表現し、人々の思考や行動に変化を促そうとする人たちがいる。

2018年11月21日、デザイン会社コンセントが運営する『amu』で開催されたトークイベント「When Creativity meet social issues ~クリエイティブは社会問題に何が出来るか~ 」では、3名のクリエイターが自らの作品づくりを通した社会問題との向き合い方について語った。

「私たちにできることは何なのか?」

当日、まだ誰もいないゲスト席をながめながら、クリエイティビティがもつ可能性と、自分自身と社会問題との関わり方について、私はぼんやり考えていた。

映像で“ちょっと良い世界”を表現したい

初めに登壇したのは、映像コンテンツの制作を手がける「EXIT FILM inc.」の映像ディレクター田村祥宏さん。「自分の紹介の前に、映像を紹介しますね」という言葉とともに、会場には女性のささやくような歌声が流れ始めた。

映し出されたのは、車イスで踊る青年や、笑顔で歌う認知症の女性。少しずつ参加者の視線がスクリーンに吸い寄せられていく。

企業のプロモーションビデオやドキュメントムービー、社会的メッセージが込められたショートフィルムなど、幅広い分野で映像作品を作り続けてきた田村さん。

学生時代からヨーロッパ映画が好きで、クリエイターとしてのキャリアも脚本家を目指すところから始まった。だからだろうか。田村さんの数分程度のストーリーは作品の世界から抜け出せないような余韻を残し、私たちに、1本の映画を見たときのような感覚を与えてくれる。

田村さん「ドキュメンタリーも映画も編集が入ればフィクション。どうせフィクションを作るなら、ちょっといい世界を作りたいんです。よりよい世界を作りたいっていうと聞こえがいいかもしれないですが、“僕にとって、ちょっと具合の良い世界”を作りたいという欲求がある、という感じです」

難民やいじめ、高齢化など、社会的なメッセージの強い作品が多い理由を、田村さんはそう語った。

きっと誰もが映画の主人公の勇気に心を打たれたり、自分の悲しみを代弁してくれる物語に救われたりした経験があるはずだ。映像には、人々の行動を変える強い力がある。だからこそ、よりよい世界を映像で表現することで、ストーリーに共鳴した人々の行動が少しずつ課題解決に向かっていくことを田村さんは願っている。

黒川温泉郷を舞台に住民たちと地方創生に取り組む

しかし、作品の構想段階では必ずしも社会問題を扱うことを前提としているわけではないそうだ。その一例として、熊本県阿蘇の南小国町黒川温泉郷を舞台に撮影が行われた「KUROKAWA WONDERLAND」のプロジェクトを挙げた。

田村さん「たまたま『空撮のテストショットをしたいな』と思い、場所を探していたら、黒川温泉郷に住んでいる友人が声をかけてくれました。黒川は少子高齢化で村の担い手がどんどん減っていってます。それであれば、地方創生と絡めた作品をつくろうかな、と構想を膨らませていったんです」

そんな企画の話を聞き、興味をもったクリエイターたちが徐々に集まっていった。黒川温泉郷を舞台にした作品づくりは、それぞれの分野で活躍するクリエイターたちによる、自主プロジェクトとして実現した。

田村さん「クリエイターには、黒川のためとか、僕のためとか思わないで、自分のためにやりたいと思ったら来てね、と言いました。個人的な欲とかやりたい理由が強くなければ、きっとチームは崩壊すると思ったからです」

一人ひとりのクリエイターが自分のエゴに忠実に、あくまで“自分ごと”として作品づくりに取り組むことが、結果的に良い作品を生み出すことにつながると田村さんは信じていた。作品でとりあげられる一つひとつのエピソードは、村の人たちによって考えられたもの。旅館組合や村役場の職員、農家など、地域の多様な人々が登場人物として参加した。

完成した作品「KUROKAWA WONDERLAND」は、2015年に海外で多くのフィルムアワード、Webアワードを受賞している。

大きな力を小さな個人に再分配するためのクリエイティブ

地域住民や行政、企業、クリエイターなど、幅広い立場の人々を巻き込んだプロジェクトを振り返り、田村さんは次のように語った。

田村さん「社会問題は、どこかに大きな力が集中するときに生まれると思うんですよね。国もそうですし、民族とかも。そんな“いびつさ”を打破できるのは、アンチテーゼとしてリソースの再分配を行うことだと思うんです。リソースの再分配というのは、誰か一人に力を集中させるのではなくて、“みんなでやる”ということです。

だから、クリエイティブも障がいをもっている当事者の人や、村を救いたいと思っている住民と一緒に考えながらやりたいと思っています。やる理由をもっている個人が力を合わせたときのパワーはすごいことを、僕は知っているから」

当日、会場にはクリエイターやデザイナー、社会問題にたずさわるNPO団体の方が多く参加していた。田村さんが作品づくりへの想いや社会問題への向き合い方を語ると、参加者は大きく頷き、熱心にメモをとっていた。

田村さんは、社会の現実をありのまま伝えるジャーナリズムとはまた異なる視点で、社会問題を伝える。その活動は、アートやデザインがもつ可能性を模索する人々にとって、一つの指針になるはずだ。

社会問題を空間のデザインによって捉えなおす

続いて登場したのは、NYのデザインスタジオ「Isometric Studio」のWaqas JawaidさんとAndy Chenさん。

Waqas Jawaidさん(写真中央)とAndy Chenさん(写真右)

Waqas Jawaidさん(写真中央)とAndy Chenさん(写真右)

2人が所属するIsometric Studioは、国籍の異なる5名のクリエイターからなる グラフィックデザインエージェンシーだ。これまで、NGOや行政と連携しながら、人種問題や移民、貧困、疫病など、多様な社会問題を題材とした展示デザインを行ってきた。

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Andyさんは、台湾からの移民であった両親の元、アメリカで生まれ、西洋と東洋両方のカルチャーやアイデンティティのなかで育った。Waqasさんはパキスタン生まれ。Waqasさんのおじいさんは、イギリスの植民地だったインドとパキスタンが分離された後、パキスタンに移住した。

2人は学生時代にプリンストン大学で出会い、やがて恋人同士に。大学卒業後、Waqasさんはハーバード大学に進学し建築学のマスターを取得、Andyさんはデザインスクールで民俗学的な研究を行うかたわら、グラフィックデザインを学んだ。

それぞれデザイナーや建築家としてのキャリアを歩んだのち、2013年にAndyさんは「Isometric Studio」を立ち上げ、その1年後にはWaqasさんも加わった。

オーディエンスとアートとの新しい関係をつくりたい

2人が自己紹介を終えると、スクリーンにはスカーフをまとった黒人女性が映し出された。

この写真は、2014年のオバマ政権下におけるUSAID(アメリカ合衆国国際開発庁)の展示プロジェクトで使われたもの。発展途上国に対して長期的な支援を行う意義を訴えている。

Andyさん「一晩で展示会場をつくりあげるという、かなり大変なプロジェクトでした。このプロジェクトに私たちが込めたメッセージは、“2020年までに極貧を絶やす”という米国政府の方針に対して、いま私たちが何を考えるべきか、ということです」

黒人女性の写真に書かれた「HOPE」は、2008年のアメリカ大統領選挙時、オバマ氏のポスターに使用され、話題になった言葉だ。しかし、未だに発展途上国の現実は変わっていない。現状を変えるためにどうすべきかという想いを込めて「EXTREME HOPE」と書いた。

Andyさん「展示では巨大なグラフィックを使い、オーディエンス側が作品に『見られている』構図をつくっています。空間のなかで、オーディエンスとアートの関係を捉え直し、オーディエンスが自己反映的に現象を受け止められるようなアプローチに挑戦しました」

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他にも、「病原菌と大都市」をテーマに、ニューヨーク市立博物館で行ったプロジェクトを紹介してくれた。

Andyさん「大都会における病原菌の広がりといった問題に対し、人と都市開発のあり方を問う展示プロジェクトでした。しかし、病原菌や疫病というテーマは人々の恐怖心を煽りかねません。そのため、できるだけ快活に明るく伝えることが重要な要素だと私たちは考えました」

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このプロジェクトには、“エイズなどの疫病をかかえるのは移民や有色人種に多い”という人々の先入観を覆すきっかけをつくりたいという想いも込められていた。

展示会のモチーフとして使われた病原菌のイラストも、どこかキュートでアーティスティック。これも来場者を怖がらせ、大事な本質から目をそらしてしまわないようにする工夫だ。

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Andyさん「会場には、来場者を包み込む、あたたかい蒸気が出るシステムを設置しました。展示物の配置のしかたや動線も、子どもや障がい者の方も見やすいように配慮しています」

展示スペース以外にも、来場者が自分の意見を書いて壁に貼れるようなスペースも作った。社会の問題を、自分ごととして考えてもらう空間だ。

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“クリエイティブをビジネスにできるのか”という投げかけも

イベントの後半では、ゲストが参加者からの質問に答えた。

参加者からは、「ボランティアを仕事に変えるためにはどうすれば良いか」、「作品を商品化する手段について知りたい」といった、クリエイティブを仕事にするための方法について、質問が多く寄せられた。

田村さんは、“作品をつくるモチベーションはお金にはない”と語った。

田村さん「そもそも、僕の会社はお金を稼ぐことを目的にはしていないんです。住みよい世界を映画で表現して、人に影響を与えたい。だから、お金はあくまでも手段だと思っています。なぜお金にならないインデペンデントな映像をつくることが多いのかというと、日本で映像作品を作り続けるためには、まずは社会のなかに出ていって映像の価値を広める活動が必要だと思っているからですね」

しかし、そのような活動が結果的に仕事につながることが多いそうだ。

田村さん「社会問題を扱ったインデペンデント作品でも、海外で賞を獲ると、同じような課題に取り組む企業や行政、国際機関や教育機関から、多くのオファーが届きます。まぁ、割りの良い仕事というわけではありませんが(笑)熱意をもっている人たちと仕事ができるのは楽しいですね」

AndyさんとWaqasさんはクライアントワークを請けることも多いが、予算が限られているクライントとの仕事では、あえて採算度外視で引き受ける。しかし、作品に価値を感じてもらえるような提案や交渉をすることも重要だと語った。

Andyさん「NGOなど予算の少ないクライアントとプロジェクトを行う場合は、自分たちが他の仕事で得た利益を割り当てるようにしています。

ただ、私たちは価値があるものにはお金を払ってもらえると信じています。クライアントと同じ方向を向いて価値あるものを作っていくためにも、提示された予算が低い場合は、『それが正しいものなのか』クライアントと共に考えたり交渉することもあります」

イベントが終了すると、クリエイターでもある参加者たちが他の参加者と話し合ったり、ゲストと語り合ったりする姿がみえた。こんなに熱い想いをもったクリエイターたちが沢山いる。彼らの生み出してくれる作品が待ち遠しい。

2組のクリエイターの話を聞きながら、クリエイティブには社会問題と私たちを近づける力があると感じた。観客として作品を見るだけでなく、そこで得た気づきを日常に持ち帰り、自らの考えや行動を変えていく。

そうやって、私たちも彼らのクリエイティブな営みに参加することができる。募金やボランティアだけではない、新しい社会問題との関わり方のヒントをもらった気がした。